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分析家の独り言 265 (9月京都分析理論講座より)

昨日京都で、いつものようにテキストを解説し、参加されたお母さん・お父さん方の質問に答えながら分析理論講座を進めた。

ひきこもりや不登校、非行などの子どもへの理解と対応を学ぼうという熱心なクライアントたちなので、質問されることが多い。

今回は、生後6~8ヶ月の乳児の発達について解説したが、この時期は「8ヶ月不安」と言われる時期で、乳児が適切に世話され、母を識別し内在化し始める時期である。

大事なのは、適切に世話されることであり、手を出しすぎても、抜きすぎてもいけない。

このころの子どもを育てるとき、先回りして手を出しすぎたという。

そうすると、乳児は自分で内部感覚(お腹が空いたなどの不快感)を感じ取り、それを泣くという形で表出する必要がない。

お腹が減る前に、オムツが濡れて気持ち悪いと感じる前に、おっぱいや乾いたオムツが勝手に来るからである。

放ったらかしもいけないが、過干渉・過保護も子どもにとっては適切な世話とは言えない。

次回の分析理論講座で分離・固体化の過程を解説するが、これは自分の感覚を自分のものとして感じ、母とは違う存在である自分に気付き、その母から距離をとって切り離し、それでも自分を維持できる自我境界をつくる過程である。

これだけのことを乳幼児期になすのである。

大人でさえ、この精神の発達をしている人は少ない。

自分と他人は別個の違う存在であると認識するだけでも、精神の発達から見れば大変なことである。

この認識がなければ、自分の思っていることは他人も思っているはず。

他人は自分の思う通りに動くはず、という思い込みからの言動となるため、当然軋轢や、誤解などが起きる。

また、子どもを育てる母親自身がその母と分離できずにいるため、子どもを取り込んでおり、子どもが自分から距離をとり離れていこうとすると、分離不安からそれを妨害してしまう。

母親の言動は無意識的なので、子どもの成長や自分からの分離を阻んでいることにも気付かない。

こうして精神の発達は阻止され、いつまでも赤ちゃんのまま留まる。

それでも体は、それなりに成長していくため、肉体の年齢と精神の年齢の差はどんどん開いていく。

その結果、学校に通う途中や、進路を決めるとき、社会に出る頃になって、精神が赤ちゃんでは学校という社会でまわりと対等に話すことも、関係を築くことも難しく、自分の進む道を自ら決定することもできず、撤退しひきこもることになる。

子どもがひきこもるにはひきこもる原因がありそれを理解し、対応法を知って育てなおしていけばよい。

こうして分析理論を知って、理屈から人間を理解していくことも意味のあることと思う。

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2009年8月25日 09:25に投稿されたエントリーのページです。

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