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2009年10月 アーカイブ

2009年10月 1日

京都 子育て相談室(旧 母親教室)日程変更のお知らせ(平成21年10月)

以前10月の京都子育て相談室を10月20日とお知らせしましたが、23日(金)に変更します。


日 時 : 10月23日(金) 10:30-12:30

場 所 : ひと・まち交流館京都(JR京都駅から徒歩15分)  

参加費 : 1,000円(1回:2時間 完全予約制 電話等にて連絡してください)

子どもさんの年齢に関係なく、子育てに関しQ&A方式で相談会を開催しています。

日常の些細な事から、不登校、ひきこもり、非行、神経症など様々な悩み、問題に答えます。


子どもを理解し、親の考え方・態度が変わると子どもは変化します。

諦めないで取り組めば、打開できます。

そうやって頑張っておられる親御さんたちが熱心に学んでいます。


参加されている方は、人の話をきいていると「それわかる」とか、「そこでOKしないと」など客観的に見えるようです。

子どもの問題で悩む親同士が、励ましあったり、自分の失敗・成功の経験を話され、良い刺激となっているようです。

よく話を聴き、共感し、アドバイスし、納得して子どもへの対応=オールOKをしてもらえるようにしています。

興味関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。


電話:077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。


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2009年10月 2日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年9月) 

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

 テーマ 「 変 容 」

 精神分析を受けるとどうなるか?
「今の自分とは違う自分になれる。」 人は皆自分の事は良いと思っていないし好きでない。そう思っているが故に意識上では良く思われたい、よく見せようと無理をして苦しむ。
だから、自分を変えたい・変わりたいと強く望む。
分析で変える事が出来ると思い、足繁く通ってくる。
分析で人を変えることが出来るのか?答えは「出来る」である。
 しかし間違ってもらっては困る。
私〔分析者〕が変えるのではなくクライアント〔依頼人〕が、変容していくのを支援し、お手伝いするだけで、一切分析者の個性・価値観は表に出さない。
クライアントは自らの欠損に気付き、それを受け入れ、何故欠損してしまったのか養育史を遡りながら、その原因を知りそれを改善していく。
そこには長い歴史があり信じがたい真実がある。
わかっていても受け入れることが出来ない。
悩み苦しみがありそれを解決していくにもその原因が過去にあるという。
其れはそのまま信じる事は出来ない。
幼少期・幼児期に受けたものが大人になった今、それが原因で起こっている事など理解できない。
自分が変わりたいのにそんなに遡らなければならないのか、まったく繋がらない因果関係に困惑する。
だが人間は学習した事以外は出来ない。
不幸を学習すれば不幸を繰り返して行動しているだけなのである。
ならば、幸福を学習すれば幸福を繰り返すのではないか。
 悩みを解決し自ら変容する為には理論を信じ、自らの欠損を認め過去を捨て〔フロイトは、子供時代は無いといった〕勇気を持って新しい自分を改革していく。
古い自分と戦いながら新しい自分を取り入れ、新たな行動をしていく。
非常に根気が要る。何度も挫けそうになりながら"絶対諦めることなくやり抜いていけば必ず良い結果が生まれる。
 9月13日、日本が生んだスーパースター「イチロー選手」が、9年連続シーズン200安打のメジャー新記録を樹立した。108年前ウィーリー・キーラーが記録した8年連続を上回る新境地に立った。
この偉業の影に、我々が知る事のない並々ならぬ努力がある。
圧し掛かるプレッシャー、自ら選んだ道とはいえその重圧は一言では言い表す事はできないであろう。
だが、イチロー選手は我々と同じ人間で、特別な人ではない。何が違うのか?
自分を他者の目から何時も見ている。
試合が終わるとビデオルームに駆け込み、今の自分のホームを入念にテェックし厳しく評価した上で速やかに改善する。
今の自分が最高にすばらしく完璧だとは思っていない。
世界の頂上の立っても、尚且つ上を目指す。そこには冷静に自らを評価する力と速に改善できる力がよりすぐれている所が違う。
そこには《日々の努力》が生きている。今の自分が最高ではなく、常に反省と変容を繰り返す事により進歩し新たな自分を塗り替えている。
その結果として記録が塗り替わる。イチロー選手は記録を塗り替えようとしているのではなく自分を変えていくことに努力している。
それはプロ野球全体を変えていくことになるからである。
 分析はイチロー選手が独学でやっている事を理論で行っている。
今の自分は親によって作られた自分。
それを本当の自分に変えていくことが目的なのである。
周りとの戦い、自分自身との戦い、誰にも理解してもらう事の出来ない世界、
しかし唯一無二の人間を作るのではなく、誰もがイチローになれると言う事なのである。
精神分析は病んでいる人、異常者など何か問題がある人達が行く所だと思っている。
これは間違いである。
そういう人達も必要としているが、本来の目的は「自己改革」なのです。ユングは「自己実現」と表現した。これは宗教で言うならば「悟り」を得る事と同じなのである。
言うならば全ての人に必要だと言うことである。
私も20年前迷って大沢氏と出会って、自らを変えないと何も変らない、まともに生きていく事も出来ないと分かって学び始めた。その時ノートの表に書いた言葉が「自己革命」「self revolution」だった。
                   所長  真理攫取

金谷精神療法研究所


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2009年10月 7日

分析家の独り言 278 (オールOKで欠けたものを取り返す)

子どもは親に自分を理解して欲しい、わかって欲しい、話しを聞いて欲しい。

あるクライアントが言う。

1歳半になる孫が、まだ言葉が話せないため、「ぎゃー」「ぎゃー」言うことで自分の想いを伝えようとする。

それでも伝わらないと、クライアントの手を持っていって、態度でこうしろと伝える。

子どもってこういうものだったんだと思う。

この孫の親(=クライアントの子ども)は、こんなときがあっただろうか。

おそらく無かっただろう、おとなしい子だった、確か。

その子が今は仕事で家に寄ると、母親であるクライアントにしゃべりまくる。

テレビで見たこと、自分の周りでおきたこと何でも話す。

これは孫の「ぎゃー、ぎゃー」と同じだなと思った。

口数が少なく、余りしゃべらなかった子が、オールOKして信頼関係が出来ると、言葉が増えてよくしゃべるようになった。

人間は取り返す。

踏み外した階段をそのままにしては登れない。

必ず欠けた所に戻って取り返さないと、あるところから先には進めない。

そして「人間は自分を表現し、理解され、相手がどう感じるかを受け取りたいものなんですね」と言う。

受け取り続けるから、しゃべり続け、しゃべりながらしゃべる子どもが気付いていく。

親子が信頼しあっている姿は美しい、オールOKして最後までやって幸せに行き着けた。

当たり前の幸せに行き着くのは大変なこと。

大変な労力と時間とお金も要したと語った。

より多くの人に、このクライアントのような幸せを感じてもらいたい。

どこかで手を抜けば、必ずそのしっぺ返しは来る。

それは子どもがいくつで、どういうかたち(例えば非行、不登校、ひきこもり等)でかはいろいろであるが。

しかし原因があっての結果であるから、子どもが欠けたところを埋め合わし取り返していけば良い。

そのための協力と努力つまりオールOKは親として惜しまずして欲しい。
 
やり方がわからなければ教えるので聞いてください。


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2009年10月10日

分析家の独り言 279 (苦痛を乗り越えて自己改革へ)

子どもの何らかの問題で分析に来られるお母さんからよく聞くことがある。

子どもがボソボソ小さな声でしゃべるので聞き取り辛く、「もう一度言って」と聞き直すと、子どもは「もういい」と怒るという。

子どもはわざと小さい声で話すことがある。

そのときの母親の反応を見ている。

自分の言うことを聴く気があるか? どれくらい真剣に聴くか?

聴く側の母親は、常に準備して子どもが何時しゃべりかけてきても聴けるようにしておく、それくらいでないと聴き取れない。

子どもも、どうせこの親は自分の言うことなど聴く気もない、聴かないだろうと半分あきらめている。

このとき、いつもと同じ聴き方をしないで、お母さんにはしっかり子どもの言葉を聴くということを意識してもらう。

それだけでも子どもからすれば、「あれ?(いつもと違うな)」と、親の変化に気付くはずである。

子どもは親に自分を理解して欲しい、わかって欲しい、黙ってとにかく自分の話を聴いて欲しい。

どんなに荒れていても、口を閉ざしていても。

おかあさんに子どもへの関心を向けてもらうようにすると、これまでいかに自分が子どもの言うことをいい加減に受け取ってきたか、聴いてなかったかに気付いていく。

自分では聴いているつもりでも、無意識には「聴きたくない」がある。

聴けば子どもの要求通りに動かなければならなかったり、聴くこと事態が苦痛であったりする。

そこには、親自身のコンプレックス・無意識がある。

親である自分がまずその親に充分話を聴いてもらっただろうか、受け入れられただろうか。

基本的に親にされたことは出来るが、されなかったかこと、経験のないことは出来ない。

その出来ないことを、いろんな方向から説明して、お母さんに納得して、子どもにしてもらう。

お母さん自身の分析によって自分を振り返りつつ実践していくと、必ず子どもに変化が見られる。

「子ども(相手)を変えたければ、まず自分が変わること」、と何度も聞かれただろうが、自分の変え方がわからなかったのではないか。

自己変容、自己改革は非常に大変なこと、苦痛や痛みさえ伴う。

それでも子どものため、ひいては自分のために取り組む価値はあると思う。


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2009年10月13日

分析家の独り言 280 (分離不安、葛藤を乗り越えて自立へ)

10月の連休中に実家の地域のお祭りがあった。

親戚の人たちが集まる。

その席で皆が話している中、母が私のことを「この子は、そこまでせんでもいいやろと私が思うくらい、娘らの言うことをきいてる」

「私がこの子を育てるとき、あれダメ、これダメを切ってきたから・・・」と言った。

私は本当にこの人(母)わかって言ってるのかと思った。

少しは自分のしたこを反省したのか?

一方では相変わらず私に「娘をもっと躾けないといけない」とか、「手伝わして教えておけ」だのと言っている。

どれが本当の母なのか。

いずれにしても、私は私をしっかり持って、この考え方でこうするというものを持っていないと親に振り回される。

子ども時代には親や大人は絶対で正しいと思ってきた。

親もまた、自分たちの言うことは正しいから言うことを聞いておけばいいんだと、あるゆる場面で子どもである私に言ってきた。

それを途中まで信じてきたが、はたと自分を振り返ったとき、それは違っていた。

親の言う通りしていれば間違いは無い、幸せになれると信じ込まされてきたが、決して私は幸せではなかった。

これは大変なことだと気がつけたのは30歳半ばを過ぎていた。

ならばなぜ、親はそんなにも支配し、自分達の言うことを聞かせたかったのだろう。

もちろん親たち自身がその様に育てられたのではあるが、それくらい子どもを従わせたいというのは分離不安であろう。

自分と同じ考え、自分と同じ行動をとることを強要する、それは一体化を望んでいる姿。

いくら自分の子どもであっても、別の個体であり別人格であると認識していれば、親である自分はこう思い、考え、こうだったが、子どもはどうかわからないというところに立てる。

ところが、よく聞くのは、自分がこの学校に行ってよかったから子どもにも行かせたかったとか、親の職業を継がせたいとか・・・ という話である。

人間は親と分離していくことが一つの大きなテーマである。

自分は自分として一人で立っていられる(=自立)ということは、簡単なようで難しいことだった。

親が自立していなければ、子どもを取り込み、子どもの自立を無意識に阻んでしまう。

いつまでも自分のそばに子どもを置いておきたい。

子どもはいつまでも自分の足で自分の好きなところへ歩いて行くこともできない。

何もしないで、親の自我を越える自我を子どもは持てない。

真の自立とは、親が嫌だから、気にくわないから距離をとっている、会っていないということは違う。

親への愛と憎しみの葛藤をいかに克服しているかである。

今一度、自分が親からどれだけ自立しているかを見直してみてはどうか。

自分への問いかけでもある。

子どもを呑み込もうとする親の過剰な愛情と、してもらえなかったことへの執着と恨み憎しみの葛藤が不安と緊張を呼び起こす、自分を苛立たせる。

一般には、そんなことにも気付かず生き辛を感じていることもあるだろう。

自分と向き合い、自分を知れば自立に向かい幸せを感じられる。

その一つの方法が分析であった。


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2009年10月14日

『月刊精神分析』 09年9月号 秋葉原無差別殺傷事件 発刊のお知らせ

今回は2008年6月8日に加藤智大被告(かとうともひろ)によって引き起こされた「秋葉原無差別殺傷事件」をテーマに取り上げました。

秋葉原無差別殺傷事件とは、2008年(平成20年)6月8日に東京・秋葉原で発生した通り魔事件のことです。

この事件で7人が死亡、10人が負傷しました。

編集部が、神戸親和女子大学の片田珠美教授著「無差別殺人の精神分析 」(新潮社)という本をもとに構成しました。

この事件からまる1年以上が経ちましたが、今でもあの事件の衝撃は大きく、皆さんの心にも残っていることと思います。

相談や分析に来られるクライアントの中に、「自分たちの家でも今世間で起こっているような事件がいつ起こっておかしくありません」とか、「宅間守や加藤智大被告に共感できる」という声が聞かれます。

事件がおこるとその度に、テレビなどではその事件の背景を探り解説をすることはありますが、原因等を深く掘り下げ、事件の予防にまで言及してはいないと思います。

マスコミやネットから得た情報で、私も見解を述べました。

出来ることなら、加藤被告とその両親の詳しい養育史を知りたいものです。


月刊精神分析2009年9月号秋葉原無差別殺傷事件 (こちらをご覧ください)

1、はじめに&プロフィール
2、事件発生時の印象
3、人が大量殺人を引き起こす要因
4、(A)素因 ①長期間にわたる欲求不満
5、(A)素因 ②他責傾向
6、(B)促進要因 ③破滅的な喪失
7、(B)促進要因 ④外部のきっかけ
8、(C)容易にする要因 ⑤社会的、心理的な孤立
9、(C)容易にする要因 ⑥大量破壊のための武器の入手
10、考察
・ 加藤家家族年表
・ 携帯サイトの文章
・ 精神分析家ネットワーク


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月刊精神分析2008年11月号 私と精神分析もご覧ください

月刊精神分析2008年12月号 心の栄養学講

月刊精神分析2009年01月号 運命は名前で決まる

月刊精神分析2009年02月号私と精神分析 2

月刊精神分析2009年03月号随筆 精神分析

月刊精神分析2009年4月号 なぜ分析で病が治るのか

月刊精神分析2009年5月号 精神分析家をえらびますか?

月刊精神分析2009年6月号 女性と仕事・結婚・出産

月刊精神分析2009年7月号 非行と家庭内暴力

月刊精神分析2009年8月号酒井法子覚せい剤所事件と分析理論

2009年10月16日

分析化の独り言 281 (クライアントの気付き:自己の成長)

分析はクライアントのコンプレックス・無意識に触れるため細心の注意が必要である。

それを「薄氷を踏む想い」と表現する。

文字通り薄い氷の上を歩くようなもので、いつどこで薄い氷が割れ、冷たい水の中に落ちるかわからない。

一気にコンプレックスに触れるとクライアントは悲鳴を上げる。

辛く苦しいことであるため触れたくなく、無意識に追いやったものに接近するのだから。

クライアントの反応を見ながら行くが、解釈が早すぎ、クライアントがそれを受け入れる準備が整っていなければ抵抗が起きる。

次回の予約を入れずに帰るクライアント。

様々な表現をして分析から撤退していく。

分析を辞める辞めないはクライアントの自由なので無理に引き止めたりはしない。

来るものは拒まず、去るものは追わずである。

やめていくクライアントはそれ以上自分を見つめることができず、治す(変容する)気がないか、自分という治療者には治せないクライアントだから絶対に追いかけてはいけない。

また、本来の分析というものが理解されていないと感じることもある。

コンサルティングを求めている人に多い。

クライアントなりの一段落がつき、やめていくが、その中で分析に復帰してくるクライアントがいる。

子どもの問題で分析に来られ、殆どその対応法(コンサルティング)を求められた。

子ども達は一応の落ち着きを得たが、今度は親である自分のメンタルケァを求めて来られた。

分析がないと、自分自身の成長がないと気付いたという。

その通りである。

素晴らしい気付きと、私は独り感動する。

表面上はそれなりに落ち着いてはいるが、根本的解決ではなく、自分の心も本当の平安を得たのではないことを知っている。

自分の母親から母らしい対応を受けなかったために、母性というものが何かわからない。

当然子ども達にも母性行動がとれない→子どもは何らかの問題を呈する、病む。

自分が変わることで、子どもの心が成長し社会に出て行けるようにまた取り組むという。

一度やめたクライアントが復帰してくることは少ないが、中にはこういうクライアントもいる。

「またお世話になります、よろしくお願いします」と言われた。

私の方こそ「よろしく」である。

また語り合い、共に学び成長していけるだろう。


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2009年10月19日

今週のメッセージ(平成21年9月分)

オールOK!子育て法に掲載した、「今週のメッセージ」9月の過去ログです。

子どもへのオールOKにより母親は自分をみる(平成21年09月21日)

親の子どもへの想いは伝わる。
良い想いはいいが、どこか可愛く思えない、やりにくい、苦手という想いが後に何らかの問題として子どもにあわられる。
そこにこそ、親の無意識・コンプレックスがある。
オールOKしようとしていくときに、同時にそのことにも触れる。
そのことが母親をも変容させ成長させる。

子どもが大事にされたと感じること(平成21年09月11日)

オールOKすることで、子どもは自分が大事にされていると感じる。
そう子どもに感じさせることが大事である。
子どもに関心と配慮を向け、要求に応え続ける。
この環境の中で子どもは息を吹き返し、動き始め成長する。
多くは母親自身にその親からそういったことをされていないため、大変なことである。
それでも分析を通して自分を知りつつ、欠けながらもやり続ける。
この継続と一貫性が、必ず実を結ぶ。
そして親に大事にされたと感じた子どもは、人を大事に出来る。

母との一体感(平成21年09月01日)

子どもは常に母との一体感を求める。
しかし、母親の側にその母との一体化の経験がないと、子どものそれが受け入れられない。
身体的一体感は子どもにとって、抱っこでありスキンシップである。
精神的には同意。
「そうだね」という言葉。
これを言われるだけでも子どもは安心するだろう。


宣照真理(天海有輝)

過去の今週のメッセージは、宣照真理のセラピー日記天海有輝のセラピー日記 分析家の独り言に掲載しています。

2009年10月20日

分析家の独り言 281 (精神分析の意味:幸せを目指して)

ククライアントは「こうあるべき」「こうでなければならない」という硬い枠を持っている。

その枠に自分も他人も納まっていないといけない。

最初はこの枠が自分を縛り、生きにくくしていることに気付かない。

後にこの枠があるために生きにくいとわかるが、これがなかなか手離せない。

そもそもこんな枠など持たない方が楽だったと、枠を持たなくなったときにわかる。

と同時に、いかにこの枠に縛られ、自分を持てず無駄に生きてきたかを知る。

育ってくる間に親や周りからいろんな言葉を吹き込まれ、「~であるべきだ」「~でなければならない」の枠を持たされてしまった。

子ども時代、小さければ小さいほど、親たちの言動による枠を跳ね除けたり、否定することは難しい。

一生それを金科玉条のごとく思い生きていく人もいるだろう。

私の親は、私に25歳までに結婚しなければ、いいところにはお嫁にいけない、幸せになれないと吹き込んだ。

だから昔、友達のお姉さんが25歳を越えても結婚していないと聞くと、「えっ、まだ結婚してないの」と私は驚いていた(今から思えばなんと滑稽なことか)。

他にも、感謝しないといけない、女の子は早くから家のことができないといけない、結婚するまで婚前交渉をもってはいけない、先祖や親を尊ばなければいけない・・・ 日常の細かなことまで、ありとあらゆることに口やかましかった。

おかしいと思いながらも、それらを否定できず、私はそれらの言葉に従って生きていた。

「苦労は買ってでもするもの」と言われれば、楽をしてはいけない気になる。

我慢することが良いことで、自分の要求やわがままを出してはいけないと教えられたが、それらを出すことが大事だった。

子ども時代にはそれを親が受けとり、成長するごとに自分で我慢することや社会に適応することを学習し、しかし要求を全て抑えるのではなく、今の自分に出来る方法で満たす、置き換える。

抑えるのではなく、いかに満たすかが大事だった。

そうとは知らずに、出来る限り抑えることが正しいと思い生きてきた。

「真面目に生きなければ、神様は見ているから罰が当たる」と言われれば、怠けたり、人に悪意を持つことが出来なくなる。

人を憎んだり、恨んだり、怒りを抱いたり、人として当たり前の感情を抑えなければならなくなる。

人は真面目にだけ生きることが良いことだろうか。

真面目な自分と、羽目を外して不真面目な自分を適材適所使い分け、楽しむ事が大事と知った。

人を憎んだり怒ったりする、それも人間として当たり前の感情であり、それらをいけないものと思わなくなる。

それよりも、なぜ自分はこの人が嫌いなのか、腹が立つのか、何にひっかかっているのかを考えるようになる。

そこに自分のコンプレックスがあるはずだから。

そうなると、自分の感情に振り回されることがなくなっていく。

「人に出来ることは自分にもできる」と言われ、出来ないことに出会うと自分はダメだと落ち込む。

そもそも人に出来ることが全部自分に出来るわけがない。

人にも自分にも出来ること得意なことと、出来ないこと不得意なことがあって当たり前。

自分の特性や好きなことを知って、それを活かせば良い。

クライアントは様々な枠をはめられ、生きにくさを感じ苦しんでいる。

分析において語りながら、自分のからだに心に書き込まれた言葉、シナリオを解読し、書き換えていく。

親の価値観やものの見方で生きていくのではなく、自分の価値・見方で生きていく。

それには親との心理的分離が必要。

そこには愛と憎しみがあるため、これが厄介であるが、根気強く取り組めば自分を自分として感じ、生きている充実感が得られる。

悩み苦しみがあるから、病んでいるから分析を受けるのではない、分析は幸せを目指す人が取り組むのである。


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月刊精神分析2009年9月号 秋葉原無差別殺人事件

2009年10月21日

分析家の独り言 282 (子どもの主体性を大切にする)

これまでも娘とケーキを何度も一緒に作ってきた。

今度は「料理を教えて、一緒に作ろう」と言う。

料理本をみて、材料を一緒に買いに行く。

ああだ、こうだと言いながら、時には「結構いける」と喜んだり、「これは今一つだったね」「まあ何事も経験」と言ってみたり。

とにかく娘のペースに合わせて進めるため、すごく時間がかかる。

でも子どもはこんな風に、自分のやりたいようにやって、自分に合わせてもらえれば楽しいだろうなと思う。

自分のときはどうだったかと振り返る。

時間のない母に手伝わされ、メインは母がして私は洗い物や雑用。

あれでは料理を作ったという感覚さえ持てなかっただろう。

料理を手伝うのは嫌いだった。

家族のためにご飯を作ることが母親としての役目と思い作ってはきたが、途中までとてもしんどかった。

家事の中でも、料理が一番苦手というか、苦痛だったと思う。

なぜだろうと考えた。

おそらく母に一番手伝わされ、嫌々だった事だからではないか。

例えば女性が、そこそこの歳になって自分で家事をするようになる。

そのとき、料理・洗濯・掃除・片付けなどが、楽しい思い出としてその人の中にあったなら、その楽しい思いと共に家事をするだろう。

しかし、やりたくないのに無理やりやらされたりなどして、家事をすることに良いイメージ・思い出がないと、家事をしようとしたときその嫌なイメージがでてきて面倒くさい、やりたくないとなるだろう。

人は何を体験し、どういうイメージ・記憶を自分に残したか。

もちろん良いものを重ねられた人は幸せである。

料理を作るとき、「ああ、あの時母とこうして作って楽しかった」「美味しかったなぁ」と思えれば、料理は楽しいことで好きになるだろう。

そうすると、子どもに物事の得て不得手、好き嫌いを決めさせているのは、多分に親の対応によるところがあるのではないか。

子どもが自らしたくてすることと、親に言われてさせられるのでは大きな違いがある。

つまり、子どもの主体性を重んじることが大事。

子育ての場は、母親自身が育てられたことの再演の場となるようだ。

合わせる、待つとういうことが苦手な私が自分を知り、娘によって鍛えられ、ゆっくりしたテンポの娘に付き合えるようになったのは奇跡かもしれない(笑)。


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2009年10月23日

インテグレーター養成講座開講のお知らせ

新しくインテグレーター養成講座開講を開きます。

月1回のペースで進めていきます。

日   時 : 10月31日(土) 11:00~14:00 (第一回)

      11月21日(土) 11:00~14:00 (第二回)     

(三回以降は決まり次第ホームページ・ブログ上でお知らせします。)

場   所 : ラカン精神科学研究所(滋賀県大津市 JR湖西線{唐崎駅」下車徒歩5分)

受講費用 : 一受講につき一万円
        プラス テキスト代一冊5千円 (全三冊)

今回クライアント中から、精神分析理論に興味を持ちインテグレーター養成講座を受講したいという方が複数人集まりましたので、新しく講座をスタートすることになりました。

分析を受けながら、今の自分に必要と思ったという方や、子どもや自分の問題が落ち着いて次は理論を学びたいという方達です。

京都や北陸地方からの参加者がおられます。

第一回目 自我論Ⅰ《 胎児・乳児の自我形成 》 目次
        
   胎児の世界 
    胎内環境、胎児の発育、胎児の自我形成、母体と胎児の情報伝達、
    夫婦仲が与える胎児への影響、母体の在り方、母との絆、
    一生を左右する出生時の体験、子どもの将来を左右する出世時の母体の感情 
              
   新生児の世界 
    誕生、眠り、共感覚、味覚と空腹、音と話し声、
    刺激と成長、心と精神の誕生、愛着 
             
   乳幼児の自我と対象関係の発達 
    対象のない段階、前駆的対象段階、対象関係の段階    


興味・関心のある方、参加希望の方おられましたら連絡ください。  

077-558-8766(電話ファックス兼用)
または 050-3767-6283(OCNドットフォン)
090-7357-4540(携帯電話)
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2009年10月26日

分析家の独り言 283 (2009年10月京都子育て相談室より)

新しい方の参加があり、子どもへの対応法の質問が相次いだ。

「オールOK子育て法」を話すが、世間では子ども要求に応えると、「わがままになる」「何でも子どもの言うなりになってはいけない」と言われるので、お母さんが迷ったり、悩んでしまう。

その方は、「オールOKしていいと言われると安心する」と言われた。

ただし、子どもに言われないこと、要求されないことまでしない。

それは過剰であり、逆に支配につながり、子どもは攻撃されたと感じてしまうからだ。

子どもが何を言っているのかまずよく聴くこと。

記号としての言葉をしっかり正確に受け取ること。

しかしそこに聴く側の母親のコンプレックスが入ると、思い込みなどにより勝手に解釈してしまう。

母親が甘えを抑圧し、親に言いたいことが言えなかったとしたら、子どもの甘えが受け入れられない。

子どもに「お母さん○○して」と言われると、「自分でしなさい」と言う。

これでは子どもの言葉を正確に受け取ったことにならない。

子どもは自分の言葉の真憑性が学べない。

母親が自分の言った通りに動いてくれるから、子どもは自分の言葉が正しかったと思える。

そうして言葉を覚えていく。

基本的に母親がその親にしっかり自分の言葉を聴いてもらってないために、子どもの言葉を聞きたくない。

これが母親のコンプレックス、無意識である。

子どもは自分の言葉を正確に受けとられ、言葉通り応えてくれる母親と信頼関係を築いていく。

この信頼をもとに、母親以外の人と関わっていける。

当然自分への肯定感や自信も持てる。

ある子どものクライアントは、「オール(OK)と言われると、安心する。オール=全てだから、気兼ねなくいける」と言った。

母親の胸に思いきって飛び込める安心感が子どもの心を育む。

質問に対し答え、対応法等を話し、なぜそうするのかを説明し納得してお母さん方に子どもにオールOKを実践してもらえるようにしている。


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京都 子育て相談室(旧 母親教室)日程のお知らせ(平成21年11月)

日 時 : 11月9日(月) 10:30-12:30

場 所 : ひと・まち交流館京都(JR京都駅から徒歩15分)  

参加費 : 1,000円(1回:2時間 完全予約制 電話等にて連絡してください)

子どもさんの年齢に関係なく、子育てに関しQ&A方式で相談会を開催しています。

日常の些細な事から、不登校、ひきこもり、非行、神経症など様々な悩み、問題に答えます。


子どもを理解し、親の考え方・態度が変わると、子どもは変化します。

諦めないで取り組めば、打開できます。

そうやって頑張っておられる親御さんたちが学んでいます。

興味関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。


電話:077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。


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2009年10月29日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年10月) 

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。

心=精神

心即ち精神と呼ぶ。

心=神と言うことになる。

 昨年から始めた「ご縁の道心の旅」出雲大社を皮切りに、第20番まである神仏霊場を巡る旅を昨年は第一番から8番までお参りさせて頂きました。

思わぬ出会いとまったく知らなかった事を初めて知る、という事が得られた有意義な旅だっだ。

今年は第9番から始まり第16番までお参りさせて頂きました。

精神分析と言う心の勉強をしている我々に「心=神」であるならば何か共通なものがあるのではと試み始めた旅ですが、やはり想像以上の収穫が得られた。

昨年の事を振り返れば、色々な事が勉強出来た。

 10月は神無月といい、全国の神様が出雲に集まる。だから出雲だけは「神有月」だという。それでは何故全国から神様が集まってくるのかと言えば、火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)を生んで亡くなった母・伊弉冉尊(いざなみのみこと)に会いに年一度の里帰りして来るのだと聞かされたときすごく納得した事を覚えている。

神様であっても母を慕うのだと、人間にあっては当たり前であると感じた。又松前藩初代藩主・松平直政公の生母月照院が祀られている月照寺に行った時、そこには初代から9代迄歴代の藩主が祀られている中に、生母の墓が一番大きかった事に驚き、ここでも母への思慕の大きさに驚き感動した。

精神分析は色々な問題の根源は親に有り、分けても母親に大きく影響されるのだと学んでいる。それが神代の昔からあったのだと分かった時、普遍的無意識の存在をまざまざと見せられた。

この貴重な事を教えてくれたのは出雲の神仏であった。

9番目大山神神社奥宮から今回の旅のスタート、非常に良い天候に恵まれ道路も車も少なく快適に走行することが出来た。何か我々の目的を受け入れて頂いているような爽快な気分で向かうことが出来た。

最初の大山神神社は大山のふもとに有り少し高台に鎮座されており、坂を上がって行かなければならない。事前に下見をしてくれていた遠藤さんという方の情報により普通の靴よりは登山靴の方が安全だと言う事で準備をして出かけた。お蔭ですんなりと上り下りも出来た。気温℃9と少し寒いと言う感覚であったが、気を引き締めるには丁度いい環境だった。

今回の旅、神仏はさることながら行った人の表現から色々と勉強になる事があった。

参加者の一人が大山神神社に参拝中靴底が取れてしまった、その場では笑い話で終わったのだが、これがとても良い勉強で・・・・・

ラカンの分析は意味より形式でとらえる。靴底が取れた意味よりもそうなった後どうなったか?やわらかいウレタンのようなものだけになり、そこに「小石」がたくさんくっついて"歩きにくい"と言った。

この表現から分析では、大地=母と定義する。 「小石」がくっつく=「小石=恋しい」
「母が恋しくてくっつきたい」になる。

昨年の旅同様、やはり母への問題が関わってきた。ラカンの分析はこのように言葉で表現できないものは、体を使って行為・行動で表していると読み取る。

又、神社の事で一つ勉強した事は地の国の出雲にあって、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の伝説が多く見られる。第14番目の八重垣神社にお参りをした。何故この名が付いたのか。素戔嗚尊が八岐大蛇(やまたのおろち)に人身御供として差し出されようとした稲田姫命を八重垣を作りその中に姫を入れて守り、勇敢に八岐大蛇と戦い退治した。

そしてめでたく二人は夫婦になったことから以後、縁結びの神様として信仰を集めている。

男は女性を命かけて守る、それが男の中の男「日本男児」であると言う事の伝説である。

私がいつもこの欄を使って書いている・母とは?男とは?と言う事だが、出雲には伝説として有る。我々の行っている事・学んでいる事は間違いないと又確信を得た。

来年は締めの年、最終は17番から20番まで何を学ばせてもらえるか今から楽しみにしている。


   所長  真理攫取

金谷精神療法研究所


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2009年10月30日

分析家の独り言 284 (自分らしく生きる)

クライアントの話から、子どもに「早く、早く」と追い立てたということを聞く。

おそらく私も私の親から同じように言われていたのだろうと思う。

私も子どもを育てる過程で子どもを「早く、早く」と追い立てていたからだ。

保育園に行く娘に「早く着替えなさい」、「早くご飯を食べなさい」「何やってんの、遅い」と。

急き立てる私に娘は「何でお母さんは早く、早くが好きなん?」と言った。

当時私は娘のそんな言葉に気を止めることもなく、相変わらず追い立て急き立てていた。

自分の内で常に「早く、早く」という声が回っている気がした。

長い間、それさえも気が付かなかったのだが、そんなことに気が付き始めたのもやはり分析を受けてからだったと思う。

「早く洗濯をして」、「早く家事を済ませて」、「早く仕事をして」・・・ 毎日毎日・・・ 疲れていた。

あるとき思った、そんなに急いで私は何をしたいのか?どこに向かっているのか?

早く、早くの先にあるもの、行き着く先は「速く棺桶に入ることじゃないか」と気が付いた。

そんなに私は死に急いでいたのか。

おかしいよね、私。

何でもっと、生きる過程を大事にして来なかったのか。

いろんな問いが自分の中に湧いてくる。

そして「早く、早く」と死に急ぐ生き方は辞めると決めた。

そこに何の意味もない。

では、なぜ私の中で「早く、早く」のレコードが回っていたのだろう。

多分、大家族の中で母は家事に仕事に忙しく追われ、子どもの私にも自分のことは自分でさっさとしてもらわなければ困ったのだろう。

その母が私に「早く、早く」と言っていたのだろう。

親の口癖は、くり返し聞くことになり、子どもの心に刻まれる、刻印される。

この無意識に刻印された言語に従って、人は生きていくことになる。

自分の意思とは関係なく。

他にもいろんな言葉を言われているはず。

まだ気付かないその言葉を見つけ、書き換えていくのも分析の仕事である。

あるクライアントは自分を縛っているものをしっかり見つめ、それを一つ一つ見ていくと決めたと言った。

絡まった糸を丁寧に解くように、薄皮を一枚一枚剥がすようにしていくと、自分を縛り生きにくくいていたことから解放される。

解放されたとき、以前自分がいかにどうでもよいことに縛られ生きにくかったかがわかる。

この開放感と自由な心を取り戻し、自分らしく生きていける。


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2009年10月31日

京都分析理論講座日程のお知らせ(平成21年11月)

平成21年11月は下記の日程で分析理論講座をひらきます。

日時 : 11月12日(木) 10:00-12:00
場所 : ひと・まち交流館京都(JR京都駅より徒歩15分)
費用 : 3,000円 (テキスト別途 1冊1,000円)
 
講座内容 : 『心の発達』 -口唇期の心の発達- 分離・固体化の過程 、 リピドーとは

「フロイトは乳児の快感が口唇に集中しているその本能行動ともいえるしがみつきと、ボールヴィーのいう愛着を、一つの心的エネルギーとして規定して、リピドーと名付けた・・・」(テキストから一部抜粋)

テキスト途中から、一人でも参加いただけます。

独自のテキストをもとに症例などを入れながら、精神分析の理論をわかりやすく解説します。

子育てする上で、また人間を理解するために役立つ理論です。

子育て中の方、結婚前の方、男女を問わず知っておいて欲しいことがたくさんあります。

興味・関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。

電話:077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。


子育て(日常の接し方・不登校・ひきこもり・非行など)の悩み、疑問等ご相談ください。

交通費負担で、出張セラピー・各理論講座・子育て相談室(子育てに関するQ&A)をしています。

開催場所:ラカン精神科学研究所(駐車場あり、滋賀県大津市唐崎、JR京都駅から約20分)。

依頼があればクライアントの御自宅や最寄の駅周辺の施設(ホテルのロビー、ファミレス)等へ出張が可能です(交通費別途)。


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