« 『月刊精神分析』 09年10月号 変容と変遷 発刊のお知らせ | メイン | 分析家の独り言 290 (非行に悩む親の会「大文字の会」に参加して) »

分析家の独り言 289 (結婚詐欺にみる心の発達停止)

近頃ニュースでよく耳にする、結婚詐欺事件。

自分の利益のために、人をだましてお金を出させ、自殺であるかのように見せて殺す。

これは精神の発達からいえば、22ヶ月以前の赤ちゃんの段階である

(ちょうどこのテーマは次回11月のインテグレーター養成講座で話す分離・個体化の過程で解説する。)

母がまだ乳房だけの存在である部分対象から母と一緒に遊ぶ、寝る、食べるなどの共生、共感、共有の体験を通して、母を全体対象として認識していくが、対象が全体対象に至らない段階で精神はストップいてしまった状態。

精神が赤ちゃんでも、肉体の成長とともにそれなりの知恵や知識は得るため、その年齢にふさわしいように外目からは見える、人からお金を騙し取ることも出来る。

対象である他者を部分対象としてしみるということは、他者を部分的に利用するということである。

だから、自分欲しいお金を得るために他者を利用出来る。

他者を一人の人間と思えば、痛みも喜びも感じる血の通った自分と同じ生きている人なのだから、相手の気持ちにつけ込んで、結婚するとだましてお金を取り、更に自殺に見せかけて殺すなどということは出来ない。

母親のオッパイを飲んでいるだけの部分対象の段階のまま止まっている。

母親が適切に愛着をもって子どもに接し世話したなら、部分対象から母は全体対象に至る。

生後八ヶ月において、母とそれ以外の人を認識し始め、世話し続けた母が子どもの精神内界に焼き付けられ(内在化され)、対象恒常性に至る。

それには母が自分を見続けた一対一のまなざし、その体験の積み重ねと記憶が必要である。

それを子どもを世話せず誰かに預けたのでは、母親のイメージが子どもの中に定着することも無く、母親との愛着や信頼・絆も形成できず、精神の成長はそれ以上発達する事は無い。

世話せずに成長するものは無い。

植物や動物がそうであるように、人間もまた同様である。

精神が未熟であることほど恐ろしい事は無い。

精神の発達と知能は全く別のものである。

人はやはり、精神の時と肉体の時の二つのときを生きている。

この精神の時がどこで止まっているのかを見、そこからもう一度時を刻み出し、成長・発展していくことを精神分析は目指す。


ラカン精神科学研究所のホームページ

月刊精神分析2009年10月号変容と変遷

About

2009年11月13日 08:46に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「『月刊精神分析』 09年10月号 変容と変遷 発刊のお知らせ」です。

次の投稿は「分析家の独り言 290 (非行に悩む親の会「大文字の会」に参加して)」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。