分析家の独り言 295 (変容、自己否定から肯定へ)
自己肯定感、自信を持つことは結構難しい。
クライアントにはほぼそれらがない。
そして分析を受ける前の私も全くなかった。
親から「お前はダメだ」「~ができない」「あれもダメ」「これもダメ」とダメだしの連発だったと記憶している。
そんな中で、自分を肯定し自信を持つことはまず不可能だった。
当然「良くできた」「がんばった」などの承認や賞賛はない。
そんな私は、自分でも「ああ、私は何もできない、ダメなんだ」と思っていた。
『他者の下で自我は構成される』、親の私のへの否定的な言葉が私をダメ人間と規定してしまっていた。
肯定感も自信もないから、何かを自ら積極的にすることもなく引っ込みじあんでおとなしい、失敗が恐い、人と関わることが苦手・・・どころか、言葉で攻撃を受け、さらに実際に叩かれることもあったために、私にとって人は恐い存在だった。
振り返ればそんな中で生きていた。
よく不登校も、ひきこもることも、精神的病理に罹患することもなく来たなぁと我ながら思う。
大学は何が何でも大嫌いな家を出るために遠くの大学を選んだ。
初めて家を離れて一人の人間として見られ、「頑張っている」「結構やってる」とプラスの評価を受けることがあった。
ダメだと思っていた自分を、いや良くやっていると評価されると非常に気持ちが悪かった。
散々ダメ出しをくらい、自分でもダメだと思っていたのに人は私を良いと言う。
どっちが本当の自分なのかわからなくなる。
あまり褒められると、本当の私を知らないくせにと腹が立ってくる。
そんな気持ち悪さを抱えながらいた。
これらPTSDを分析を通して癒すのに時間がかかった。
そしてあるときの分析で、自己イメージが近づいてきて、あともう少しというところまできたとわかった。
そうなるまでには、ひたすら語り続けた。
過去を再現し、何度も何度も思い出しては語り、私が悪かったのではない、ダメ出しされることで私は私をダメだと思うしかなったのだとわかった。
そうしていつの間にか、自己肯定感も自信もつくられていた。
今の自分にOKを出し、自分が目差すなりたい自分(自我理想)も明確にある。
今に立つと、昔が自分だどうダメだったのかあまり思い出せないくらいである。
謙虚さを忘れず、しかし自分への誇りと自信は失わず生きていける。
人は中庸、程よさを持つことが難しい。
多くの人が極端にどちらかに振れ、その間を行き来し疲れている、昔に私のように。
相反するものをいかに自分の中に統合するかが、人間が生きるうえでの課題の一つのように思う。