メイン

金谷氏今月のメッセージ アーカイブ

2011年6月28日

金谷氏今月のメッセージ (平成23年6月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


テーマ 質素倹約

 「武士の家計簿」と言う映画がある。

 これは、磯田道史氏の著書「武士の家計簿」〔加賀藩御算用者〕の幕末維新を映画化したものである。当時40万世帯の武士がいた。

その武士が、日常の出納を記述したものなど残す事はない。

武家が代々伝えてるものは、禄高とか知行に関するものや家計図などが多くを占める。

その中で一世帯の入払帳〔家計簿〕36年分にも及ぶ「金澤藩主猪山家文書」と言うものがあった。

これには、本当に細かな出費まできっちりと記述されていた。

その金銭の出入りから、当時の武士の生活が垣間見る事が出来るほどと磯田氏は語っている。

 例えば、彼岸の日は支出として小豆・きな粉・もち米・花代といった事が記述されている。

そこから猪山家の日常が浮かんでくる。当時の下級武士の生活状態が如何なるものであったかが解る。

加賀といえば、今でも100万石と言われるほど大藩だった。藩の財政を管理する会計の役割御算用人を150人も設けていた。

その中の一人である主人公は、猪山直之と言う人物であるが会計の能力に優れ、几帳面な性格であった。さしてこれを取り立てて言うほどの事ではないが、その彼が英断をしたことと、子供にそれを教育した事に注目したい。男とは・父親とはをよく表している。

まず、息子成之に対し10才にしてお金を持たせて買い物をさせ、支払いを実際にやらせる。そしてそれを入払帳に付けさせる事を教える。言葉と行動において教育をしていく。

 父子で月締めをした時のこと、不足金が出てしまう。
父直之は息子に足りないお金はどうするのかと尋ねる。息子は「叔父に借りれば良い、来月分を使えばよい」と借金をする案を出す。

父は「そうすることで借金が増えていくので、何の解決にもならない」といい聞かせる。そこで息子が答える「倹約すればよい」と。

事実息子はとてもすばらしい英断をする。

現代感覚で換算した数字があるのでそれを使って説明すると、年収は直之の父の収入と直之自身の収入を合わせて、猪山家は年収1230万位、それに対し借金は倍の2400万である。

これを直之は、猪山家の財産を売り払い借金返済をしたのである。

祖母・父・母それに我妻の嫁入り道具までも手放し、家族全員が協力をし返済しきったのである。財産売却は約1025万だった。

 当時は、債権や債務の放棄を命じる徳政令が発せられる為、武士は当たり前に借金を踏み倒す事ができた時代でもあったにも関わらず、借金をきれいに返済し、その上にまだ倹約も必要だった。

使用人は身分に見合った人数を雇う決まりごとの為、解雇はしない。中でも武家の世界でもっとも重んじられていた、季節ごとの行事・しきたり・親戚づきあい・子供の通過儀礼はきちっと行っている。

だが武士のプライドなど捨てて・子孫に借金を残さない事を決断したのである。

そして子供には借金をしない事を考えさせ、教育していた。

映画の中でこんなシーン

ある日、その日の締めをしたときお金が足りない事があった。昼間息子成之が支払いした時に、お金を落とし道にばら撒いた為、遺失してしまったからである。

それを自分の責任で処理する様に言う。そこで内緒で祖母に穴埋めしてもらう。父に問われ「道で拾った」とうそをついた。

父からは「藩主様から俸禄を頂いて生活するのは、武士の習いである。拾ったお金で生活するのは、物乞いと同じ。そのお金は基に戻してきなさい」といわれ、くらい夜道を一人で行かせられる・・・・・・母には胸が痛いシーンである。

 武士のプライドと武士とはどう生きるのか、という事を厳しく教え込んだ父。

堂々と借金を家財を売り返済する事は、何も恥ずかしい事ではない。ここにはプライドはない。

武士とは、俸禄を頂いてる分、藩の為に役目を果たす。そしてお役に立つ事こそ武士の誇りプライドである。

そこで頂いた俸禄は大切に使う。一銭たりとも無駄に使ってはならない。猪山直之は家もそうであるが、藩の中でも変わらず同じ様に倹約に努めた人物である。

 時代が変わるにつれ、御算用場の役割を重要かつ変化していった。兵を動かせば、それによる消費する物質や食料の計算が要る。大砲の鋳造にも強度や飛距離の割り出す複雑な計算もしなければならない。

息子・成之は父より英才教育を受けただけあり、11歳から御算用場の見習いとして出仕し、20才の時には藩の重要な職務に付いていた。

さらには、大村益次郎に見込まれ新政府軍の「軍務官会計方」に抜擢され役に立つ人材にまでなった。

国の財政管理すること家計の管理にしかりである。

父親は自分の役割を自覚しその職務を忠実に全うし、それを子孫にしっかりと伝えて行く。子孫にはマイナスなもの特に借金などは残さない。母親はそのような父親・主人に付いて行き、一大事には一緒に協力していく事である。

 今の世の中も同じ、常に必要とされる存在になる為にはどの様な考え行動をしていけば良いのかという事を「武士の家計簿」から学ぶべきものは多いし学んでほしい。

                      真理攫取

 
金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2011年5月27日

金谷氏今月のメッセージ (平成23年5月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


テーマ 寄る辺無き存在

 人間、最初は何もわからない、何も出来ない、自らの力では何一つ出来ない状態で産まれてくる。

母親の世話なくして生きて行くことは出来ない。

何をするにも抱っこしてもらわなければ移動も出来ない。

それよりも食べる事すら出来ない。食事といえば「母乳」である。

これは母親の胸についているため、母親の意思決定なくしては口にする事が出来ない。

そして食べれば、排泄が必然的に起こる。それも自分では処理できない。おしめをあてがわれ、それで排泄する。

当然、取替え無ければならない。

これも母親の手を煩わせる事になる。

 もう一つ睡眠問題がある。まだ時間概念がない赤ちゃんには、いつ寝て、いつ起きると言う事を決めることが出来ない。

寝たいときに寝て、起きたい時に起きる。であるならばそれに合わせて、寝かせてくれたり、起きた時にあやしてくれる人が必要である。

やはりすべて母の手に身を委ねるのが最適であり、委ねなければならない。この状態をフロイトは「寄る辺無き存在」といった。

 これらの事を見れば解るように、いかに母の手を必要とし、母に世話を受けなければ生きて行くことが出来ないか。

これほどまでにかかわっているのであるならば、絶対的に母親の影響を受けずに育つ事は不可能といわざるを得ない。

言ってみれば、良くなるも悪くなるのも母親しだいと言うことになる。そうなると母親は、正しい子育てを見に付けていかなければならない。

そうでない限り、自らの力で生きて行くことが出来ないし、子供は正しく育つと言うことは到底ありえない。

 それなのに、現実どこにも母親教室や学校が存在しない。

教育の場の小学校・中学校・高等学校と見ても、それらしきものはない。

では、大学に教育学部は存在するが母親の勉強する所ではない。

人間の子供をしっかりとした人間に、育てていかなければならない重要な事なのに、伝承という不確かなもので大切な子供を育てている。

誰も疑問に思う事無く、誰も不安を訴える事もないのが恐ろしい。

母親という国家資格があっても良いと思う。

 さらに精神分析を学べば、全ての病気や災いは胎教を含め、子育ての不十分さが原因であると解る。

しかし、中々ここに原因があると伝えたとしても、直ぐに受け入れられないだろう。

特に、母親は自分に原因があると認める事は、自分がだめ人間だと認める事になると、思い込んでしまう人がほとんどである。

それを伝えたとしても理解してもらえない現実がある。

折角相談に来る機会を得ても、他に原因があるはずと思い離れていってしまう。

 そんな中でも信じて、改めた小数の奇特な母親は、思いもつかないすばらしい自分の子供と出会うと言う結果が得られた。

自分の考えとは、真逆の理論 (育てなおしも含め母親は子供の要求に対しall okする) で子育て、世間の常識と戦いながら打ち勝った結果、そこに自分が望んでいた理想の子供の姿を見る事なる。


 先般、起こった東北地方を襲った大震災・一瞬にして努力して積み上げてきたものを奪っていく。

人の命までも、ただ生きても家・車・仕事と生きて行くためのものは全てなくなってしまった。

しかし、体と命が残った。一から出直しと頑張っている。

であるならば、人間に取って大切なものは家・車・お金ではない。

どんな事になっても、生きて行く力を持つ事にある。そんな力こそ親が子供を育てていく苦労と同じである。

人間にそんな力を持てるよう育てていくには、正しい子育てで子供を育て、どんな事があっても、あきらめない姿を母親が見せていくと子供には分かる。

いつも側に居てくれる、暖かくてずっと優しく見守ってくれる母親が「寄る辺無き存在」の子供を立派に、一人で生きて行く人間に育てる事が出来る。

この母親の能力を十分に発揮して欲しいと心から願う。

                      真理攫取

 
金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2011年4月25日

金谷氏今月のメッセージ (平成23年4月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


 テーマ「皇室」

 現在は市民に開かれた皇室になっているが、我々はどれだけ天皇陛下のことをしっているだろうか。と考えたとき、私も意外と知らない事が多いと気が付いた。

 そもそも天皇とは、何?万世一系125代続いている国はどこにも無い。天皇家の始まりがいつかは不明である。

欽明朝時代、百済からの奏文に「伏願可畏天皇」の一文と推古帝から唐に送られた国書に「東天皇敬白西天舜(帝)」と書かれているのが文献上「天皇」の文字の初見とされている。

天皇の地位は、「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は主権の存ずる日本国民の総意に基づく」(憲法第一条)と規定されており、内閣総理大臣を任命したり、最高裁判所の裁判官を任命したりする。

 また国会を召集したり、衆議院を解散したりする。

しかし、この国事行為には内閣の助言と承認を必要とし、その責任を負うのである。

戦前天皇は、大日本帝国憲法に「天皇は神聖にて侵すべからず」(第3条)と規定されて、「現人神」と称され天皇は神格化され「雲の上の存在」だった。

 昭和20年の終戦後、GHQは皇室制度の民主化を迫り、昭和21年元日昭和天皇は、自ら「人間宣言」を発表された。

天皇陛下には戸籍は無い。その代わり「皇統譜」が存在する。

天皇皇后に関する事項が登録される「大統譜」と、天皇皇后以外の皇族に関する事項が登録されている「皇族譜」に分かれている。

天皇は男系一系で皇位が継承されているが、125代の中に10人の女性天皇がおられる。

最初の女性天皇は、第33代(592~628)の推古天皇で最後は
第117代(1702-1770)の後桜町天皇である。

男子であれ女子であれ天皇の御心は不変である。

天皇はとても慈悲深い方である。

 皇室の方々は、日本各地を周られる時は老人や身障者などの福祉施設を訪れて手を差し伸べ、暖かく接している姿をいつも拝見する。

昭和天皇は、沖縄戦の終戦日に鎮魂の祈りを捧げ、沖縄の人々でさえほとんど歌う事の出来ない琉歌を贈り、沖縄の人々に幸多かれと願っておられた事を知る人は少ないでしょう。

 天皇は、社会的弱者に常に心優しい視線を送られている。

何故、弱者の幸福を天皇が願うのか。其れは天皇が祭司王だからです。

天皇は、国民全体の安寧や世界の平和をいつも祈る存在、政治をしているわけではないので祈らなくてもいいのでは、と考える人がいるかもしれないが、しかしそれは自分が健常者だから言えることで、弱い立場に立たされている人にとっては、日本の象徴である陛下がいつも気に掛け言葉をかけてくださることは、大きな意味を持つ事になる。


特権階級の天皇を「階級社会の象徴」「差別の元凶」と呼ぶ人もおられるでしょうが、良く考えて下さい。

天皇陛下は、身分は高いけれどお金持ちでしょうか。

国民の税金国家予算範囲で暮らしている。それだけでなく皇室には職業の選択の自由・婚姻や住居経済活動の自由も無い。

参政権や社会保障もない。国民に与えられている自由や権利を奪われているのが天皇と言う身分である。

とてつもなく窮屈な暮らしでしょう。それでも私利私欲に走る事も無く国民の安寧を祈っておられる。

 この日本と言う社会・国を動かす国会議員や官僚の中に有って、唯一の良心だと言えないでしょうか。

日本の総ての国民が、健やかに幸せに生きられる様に祈る。

この祭司王の役割を担う天皇は、万世一系で親から子へと世襲によって受け継いできたものである。

お隣の中国・北朝鮮と比較するとまったく異なるものである。

中国は、モンゴル族が作った元や満州族の清等の様に、別の民族が新たな王朝を作って、皇帝になるのが常でした。

だから王朝が交代する時に、前の民族を虐殺する革命「易姓革命」が起こった。「天命に遵い有徳の政を施すもののみが帝王足りうる」という孟子などの儒教に基づく理論のごとく。

新たな徳を備え、天命を受けたとして一族が徳を失った現皇帝を武力で追放、または虐殺する「放伐」によって新たな王朝を作ったのである。

この易姓革命は、大量殺戮と農民が戦いに借り出され、農地が戦場になる為に大飢饉が起こり、王朝交代の度に人口が激減したと言われる。

中国の皇帝は、天命が下って易姓革命が達成すれば徳を持っているかいないか関係なく誰でもなれる。

 そして皇帝は、最高権威と絶対的な権力と両方持つ独裁者になれるのである。すなわち生殺与奪全ての権力を掌握出来る。

つまり皇帝一人に残りは全て奴隷という型になる。

そんな近隣国と日本と決定的に違うところは、天皇は権力を持たず権威だけを世襲してきた事により易姓革命大量虐殺は有り得ないのである。

 日本の天皇は、姓を持たないので易姓革命は起こらないのと天皇が祭司王であり続けていたから、独裁者が生まれなかったと言える。

ここで昭和天皇の話を一つだけお伝えしたい。太平洋戦争において日本は「無条件降伏」によって終結した。

しかし無条件とはいえ、当時天皇を処罰すれば陸軍などが一丸となり軍事クーデターが起こるのは必然であった。

陛下の身の安全を保障しない限り戦いは終わらない。そんな状況の中ポツダム宣言の受諾はアメリカ側の曖昧な表現で「日本国の最終的の政治形態は・・・・・日本国民の自由に表明する意思により決定せらるべき」そして玉音放送により終結した。

 マッカーサー元帥の「回想記」の中で昭和20年9月27日昭和天皇が初めてGHQのマッカーサー元帥を訪ねられた時の事を書かれていたが、「マッカーサーは天皇は、戦犯として起訴されないように命乞いに来たのかと思っていたが、その口から出た言葉はまったく意外なものだった。」と。

「私(昭和天皇)は国民が戦争遂行にあたって、政治軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身を貴方の代表する諸国の裁決にゆだねる為にお訪ねしました」と、天皇の言葉である。

マッカーサーは、死を伴うほどの責任敗戦国の長であるならば、亡命してもおかしくない。しかし、目の前にいる天皇はマッカーサーを骨の髄までも揺り動かし、感動させてしまった。

そして「個人の資格においても、貴方は日本の最上の紳士である」と言わしめた。

 象徴の天皇という意味は、伝わったかどうかは定かでないが、この人なくしてこの国は成らずと感じた、ただの人物ではないマッカーサーの「聖断」に置いて、日本は悲惨な敗戦国とはならずに済んだのである。

昭和天皇のお陰であるが、昭和天皇はこの事を一言も言ったことも無く、日本側の記録には一切残っていない。

後に、高度経済成長を成し遂げ、世界と型を並べる大国にまで成長したのは昭和天皇の勇気ある英断のお陰である。

記者などに受けたインタビューの中に「今日本が豊かになった理由は何でしょうか?」と質問に「国民の勤勉さです」と答えられた天皇の常に国民を労うお心が伝わってきます。

 どこかの総理のように、何もしていないのにやってるやってると言う徳の備わっていない方がおられるようですが、自らの事は一切語らず、国民を称え、大きな心を持ってほしいものです。

今生天皇に置かれましても、東北関東大震災に心を痛め、玉音にてお言葉を述べられました。天皇の心を日本の心として、後生に伝えていきたいと思います。この心を持って被災地の復興を祈ります。

   真理攫取

 
金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2011年3月28日

金谷氏今月のメッセージ (平成23年3月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


 テーマ「生きる」

 ご拝読の皆様もご存知のように3月11日東北関東大地震が襲った。それだけでは無く、青森から福島の太平洋側一帯を大津波が襲った。又その上に福島原子力発電所の事故と次々重なる災害に見舞われた。

 「天災は忘れた頃にやってくる」神戸の大震災から16年が経ち、本当に忘れていた。私はその当時、幸いにも神戸の自宅を離れ埼玉で勉強中だったので震災にはあわなかった。又自宅も被害はなかった。

しかしその後帰宅、被災した瓦礫の町を見て回った時の衝撃はどれほどであったか・・・・・「これはこの世の出来事なのか、何故ここまでの状態にならなければならないのか、大自然は人間に何を知れと問いかけているのか」と色々考えさせられたが、所詮人間の知恵わかるはずも無い。


 東北地帯の人々は先の地震の経験を生かし、世界一の防波堤と日本一の防潮堤を建設し、災害に備えていたという。

しかし世界最大級震度9の大地震、それに伴い未曾有の大津波予想をはるかに超えて、町を呑み込んでしまった。

人々が努力し築き上げた町や生活をあっという間に持ち去っていってしまった。家族がバラバラになり、子供が親を、親が子供を捜し求める姿が映し出される。

妻の手を握っていたが力尽きて離してしまったと、呆然と海を見ている夫・身内が流されていくのを、為す術もなく見ているだけの無力な自分を責る(しおる)所もない、無気力な姿をテレビでありのまま映し出される。これ以上の悲劇はないだろう。

 神戸の震災を越える死者が7000人強行方不明者10000人以上避難者が30000人弱という大災害になってしまった。

胸が痛むことはまだまだある。折角命が助かったのに避難所生活を強いられ、食べるものが足りない。

暖房用の灯油が無くスイッチを切り、節約をしながら耐えている上に救援物資が届かず、辛い苦しい生活が続いている事。

 政府は何も出来ず、自分達が一生懸命にやってますとパフォーマンスで記者会見しているが、現場は何も変っていない。


 そんな中で嬉しいニュースも入ってくる。世界各国から暖かい支援と温かい応援メッセージである。

こんな苦しい状況の中でも、掠奪や暴動が起きない事。

避難所でも一列に並び、静かに待っている冷静で秩序正しい日本人の行動に、素晴らしい国民だと称える言葉を聞いた時、なるほどと思った。当たり前の様に行動している東北の人々を誇りに思う。

 

 もう一つ重大な事・福島の原発事故・原発は放射能という恐ろしい物を抱えている怪物であるが、日ごろは電気を供給してくれる有難いもの。

しかしながら、一旦壊れてしまえば命も奪う危険なものに変貌してしまう。過去の原発事故を教訓にあらゆる事を想定し、確実に安全なものに作り上げていたはずなのに、地震には強いが予想を上回る強威力の津波に襲われたら、一部が爆発という結果である。

見ているだけでは歯がゆい思いもしてしまうが、今直、放射能漏れを防ぐ為、総力上げて東電の社員達は戦っているのである。

自衛隊東京消防庁のハイパーレスキュー隊など、命を懸けての放水活動も続けてくれている。

 活動している隊員は、国民一人一人とその家族の命を守るために命がけの使命を果たしてくれている。

またその隊員にも守らなければならない妻や子供・父母がいる事を決して忘れてはいけない。

犠牲になって欲しくないとの思いは皆同じなのである。

命がけの役割を引き受け、何日も家に帰らず使命を果たしている隊員の方々の無事を願う(家族の方々と共に)と同時に、勇気を称え感謝を申し上げたい。

 活動してくれる方々の為にも私達が出来ることは、守っていただいた生命に対し「生き抜いていく事」において一人ひとりが恩に報いなければならない。

私達はこの災害を教訓として、二度と悲劇が起こる事の無い様に大自然を甘く見ない・また大自然に対しおごる事なく、忠実に従い命を大切にし、意味ある人生を生き抜いていく事をお約束します。


被災地の方々には、心よりお見舞い申し上げると共に一日も早く復興される事をお祈りいたしております。

そして不幸にも亡くなられた方々には、心よりご冥福をお祈り申し上げます。(祈)

                      真理攫取   


金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2011年2月27日

金谷氏今月のメッセージ (平成23年2月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


テーマ

「伝承」

 古来から人間は何かと子孫達に伝えたいと言う欲望がある。
古代エジプトのヒエログリフなどに見られる象形文字は、何かを伝えようとしたものであるが、時代の変遷までも予測できなかったのだろう。故に後の人間が理解するのに困難である。

同じ様にお釈迦様が弟子達に伝えた仏の教を、弟子達があまりにも尊い教えなので書き残し、伝えようとしたお経などは難解である。

 しかし変化し発展した今でも残っているのは、伝えようとしたお釈迦様の意思と書き残してまでも、伝えたいと言う弟子達の意志の強さであろう。

 一般の人でも会社にあっては社訓・家にあっては家訓・等を伝え残している人達もいる。
一代では成しえなかった事などは、子孫に託したいと強く思う人もいる。
これは表に出ている意識上のことであるが、心理学では真に伝えようとする事は無意識にあると観る。
それは結果として現象化とし意識上に現れてくる。

 今、NHK大河ドラマ「江」が放映されているがその江というヒロインの中に父の思いがひしと伝わってくる。

 有力武将の織田信長・豊臣秀吉・徳川家康などがあまりにも有名なので、その影に隠れてあまり名前は知られていない「江」の父親(近江国・小谷城主浅井長政は、信長の妹・お市と結婚し勢力を増した。

しかし長政は、朝倉義景と結んで信長と戦うことになり、姉川の戦で大敗し小谷城で自刃。
長政は、お市との間に長姉・茶々〔後に秀吉の側室になった淀殿〕
次姉・初〔後に高脇高次の正室常高院〕三女の江〔崇源院〕がいた。

信長に破れ長政は自らの命は助からぬと知った時、お市と三姉妹を道連れにせず、生きる事を選ばせた。

 ここに長政の無意識の願いを見た。お市は生きる事を選び、長政の意思を継ぎ実現する為に長政の死後、柴田勝家と再婚するが勝家も秀吉に滅ぼされる。
この時お市は三姉妹に生きる事を伝え、自身は勝家と共に自刃する。


 長政自らが出来なかった天下統一・平穏で民が安心して暮らせる国づくり、これを三姉妹に託したと思われる。
父親の真意を妻であるお市が受け取り、子ども達に伝えた繋いだのである。

江はその意思を、佐治一成と婚姻、次に羽柴秀勝と再婚、最後に2代将軍・徳川秀忠と再婚し千姫を産み、3代将軍家光を産み繋いだ。

徳川将軍・御台所〔正室〕で将軍の生母となったのは、後にも先にも崇源院だけである。

子供はほかに一男4女を儲けた。

 長男は3代将軍で、5女の徳川和子〔まさこ〕は御水尾天皇の中宮になり第109代明正天皇の母〔東福門院〕になった。

ここまでの道のりの結果は、長政の本心ではないかと考えられる。

子供を通して天下を取り、天皇にもなった。

この様な実現の仕方もあるのだと。

 日本には世襲制度があり、世嗣は男子と勝手に決め、女子を軽んじ男子を重んじる、とんでもない制度が出来てしまっているが、お市・江に関しては、女性でも充分世嗣の役割が出来る事を証明したと言える。

 誰が家を名前を継ぐかではなく、しっかりと意思を継いで行けるかと言うことにある。

京都東山にある養源院は、淀殿が秀吉に願って父・浅井長政の供養の為に創建した。1619年火災により焼失してしまったのだが徳川秀忠の正室崇源院〔江〕の願いにより再興され、以後は徳川家の菩提所になった。

 私は血天井を一度見たくて養源院を訪れた。まづ山門を潜ると真っ直ぐになだらかな上り坂の参道に立ったとき、娘達の父への尊敬と優しい愛を感じ取った。

奥へと進み、本堂は伏見城の殿舎を移築したもの、家康の家来・鳥居元忠以下1000人が城を死守し、最後に自刃した廊下の板の間を供養の為に天井に使ったと伺った。見上げると今も生々しい血の痕が残っているのが見え当時の悲惨な状況を物語っている。

座敷の中正面には俵屋宗達作の虎の襖絵があり、この虎の目は何処から見ても正面から見てる様に見える。

親のまなざしはこうあって欲しいもの。いつも見守られている安心感がある。など色々感じさせられる京都だったが、長い歴史の中で多くのものを伝えてもらっている事、受け継いだ我々はそれを生かしているのだろうかとも考えさせられた。

 命を懸けて残してもらったものを日頃忘れてはいないだろうか、私は精神分析を知り学んだ事により、過去の人々が本当に伝えたかった事、それを如何に伝えていくべきであるか考え、やはり結論は親が子供に伝える事が一番いいのである伝えられる親であってほしいと願う。
いつも母親の役割の重要性・父親の役割の大切さを語っているがどれだけ伝わっているのだろうか。でも私はずっと伝えて行くだけです。

人間は人間を知って、人間として生きて行き、人間を残して、一生を終える。ダイナミズムの生涯だと思う。   
        
                      真理攫取  


金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2011年2月 5日

金谷氏今月のメッセージ (平成23年1月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


テーマ

「母親の役割の重要性」

 新年を迎えて思いはせれば、自ずから分析に携わって15年目になった。あっという間の出来事であまり実感もないが振り返ってみても奇跡のようである。

 クライアントとの出会いで多くの事を学ばせてもらった。
クライアントに対し、充分の分析が出来ているだろうかなど反省の点も有るが、幸せになって自律していったクライアント達の努力が今の私を支えていると言えるだろう。

分析で人間の精神の奥深さ・偉大さ・すばらしさを学び、感動を味わった事が大きな財産である。

また、これを転職とし得たこと、生命を与えてくれた神に感謝している。

 分析というものを多く語る事はむずかしいが、人間の苦しみや悩み病気などの原因は、母との養育過程に起因するという事実は強く申し上げたい。しかしこれを唱えると母親達からクレームが来るというのも事実である。

 人間は何も出来ない何も分からない、ただの肉の塊としてこの世に産み落とされる。母と言う養育者無しでは生きて行くことが出来ない全面依存の人形のようなものである。

一般的に母親には乳児は何もわからないし、0歳から1.5歳の時期は何も学習しないと教えている。母乳だけを与えておけばよいと思うから全て適当で、アバウトになってしまう。だから携帯をいじりながら授乳をする。何か用事が出来れば急に授乳をやめる。面倒だから早く断乳をしてしまう。

授乳行為から、赤ちゃんがどれだけ大切なものを学習しているのか、ほとんどの人が知らない。肉体を育てるのではなく、人間にとって大事な「自我」を育てるのだと言っても「自我とは」何か分からない。

 「自我」は何かを求めたり、物を取得したり、自分の行動を積極的に動かしたり、静止したりする基になるものである。

如何に頭が良くても、力が有っても、それを動かし使うメカニズムが無ければ、ただの物体でしかない。

この「自我」を育てるのは、母の対応にかかっている。

授乳行為から母乳を「求めていく自我」が育ち、与えてくれる母を求める自我が育つ。欲しいものや、好きな人を求める自我に育ち、発展、自分が好きなもの・自分に必要なものに興味を持ち、積極的に求め取得し、自分だけのものを作り上げていく。

将来やりたい事・成りたい者へ、自ら決定していく事が出来る様になる。母の偉大なる力が必要なのである。


 最近「イクメン」なるものを提唱しているが、言語道断である。

父は教育者であり、社会性を教えていかなければならない。

養育の場に出てくる事はない。

子供の世話に疲れている妻の手伝いをし、心理面で支える事こそ父の出番である。ごつごつした手で触って欲しくないと赤ちゃんは思っているが、なすすべがない。

父が出来るといっても哺乳瓶でミルクを与えたり、風呂に入れたり、おしめを変えたり、やる事は介護となんら変わりない。

母にしか出来ない事、それを母親が自覚し、養育の大切さを知る。

大変さを嘆く事無く、人間にしていく過程のお手伝いをさせたもらえる優しさあふれる賢母であってほしいと願う。

 もう一つ言わせてもらえるなら「トイレの神様」等と言う歌が随分と持て囃されているが、疑問に思う。

トイレを綺麗にするとべっぴんさんになるとは、理屈にあわない。

姿かたちが出来上がっている子供がトイレを綺麗にして、形が変わるはずもない。

 本来これは妊婦の人に「トイレをいつも綺麗に掃除をすればきっと美人の子供を授かるよ」と言うものであった。しかも掃除したからといって、美人の子供が産まれるわけでもない。

それも真の意味としては、妊婦は高いところを掃除したりしてはいけないが、じっとしていると難産になる。適度な運動が安産に導く。

故に軽い運動を兼ねてトイレ掃除なら丁度良い加減、またその家の人間になる為、に皆が一番使うところを綺麗にして家族の心を安らか〔気持ちよく〕するのが嫁の務めである・妊婦の為でもあるという意味が理にかなっている事実である。嫁か妊婦にさせる為の比喩的表現である。

 余談だが歌っている人は祖母に逆らって後悔したと言っているが、実家が隣にあって祖母にあずけられていた事自体母に見捨てられた人である事の方が問題。理論上から言えば非常に危険な心理状態であるといわざる得ない。

肝に銘じて欲しい「母なくして子供は成長しない」綺麗になりたければ自ら心を掃除する事である。            

                      真理攫取  

金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2011年1月 8日

金谷氏今月のメッセージ (平成22年12月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


テーマ「殉難の志士」

 NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が終わった。

土佐の一介の下級武士であった坂本龍馬は、日本の歴史を大きく変える事に命をかけた。その時代300年続いた徳川幕府を倒し、新しい国を造るその中心人物になり奇跡とも言われる、敵同士である薩摩と長州を同盟に導いた。

その上に、土佐の城主山内容堂公を動かし、幕府が政権を天皇に返すと言う「大政奉還」にも力を注いだ。

片や亀山社中を創設して商取引をした商人でもあった龍馬は勤皇・佐幕と言う対立など関係なく彼の目は世界を向いていた。

外国と同等に向き合える日本国にしたい、と真剣に考えていた人であった。

「みなが安心して暮らせる国にしたい」と、薩摩や長州・土佐の人々に説得をし、北辰一刀流の腕前でありながら剣を使う戦いは極力避け、あくまでも話し合いで解決しようした。

 龍馬は勝海舟の海軍に所属し、日本も船艦を持ち外国と対等に渡り合えるようにすることの必要性を力説した。

決して戦争をする為に軍備をしようとしたのではなく、諸外国と片を並べ威嚇に屈する事無く、堂々と貿易や文化の交流のため日本を発展させようと考えていた新しき人であった。

 当時幕府を倒す事の大変さがどんなものであったかは、徳川家康のつくりし揺ぎ無き徳川の長きに渡る時代を読み図れば分かる。

国を平和に保つ為、あらゆる危険要因を取り除く事に尽力した過去の将軍の苦労の賜物、信長の一向一揆の苦労や秀吉の継承問題の悩みなど、側で見て学んだ家康は、結果として確固たる武士の社会を築く為に必要なものを徳川幕府に布置した。

武家諸法度や公家諸法度・諸宗寺院法度というものを制定し、きつく取り締まった。

 継承問題は、御三家を制定し徳川一族が将軍を継いでいく事とした。

途中これが揺るぎ始めたが、八代将軍吉宗の時に田安・一橋・清水家を加え御三卿を制定し更に揺ぎ無いものになった。

こうして造り固められた徳川を倒すなど容易ではない。

 しかし龍馬は、御三家の一つである紀州家の船との衝突事故をきっかけに初めて国際法に基づいた示談交渉を使い多額の示談金を取った。

又、大政奉還に導いた龍馬の考えは「船中八策」に現され、新政府の政策安として土佐の後藤象二郎に示した、後に五か条の誓文及び新政府に受け継がれた。

 これはイギリスの議会制民主主義を参考にしたものであり、いつも龍馬は日本国内よりも広い世界に学び、自身も世界に思いを馳せていった。

刀よりも鉄砲の時代、階級制度よりも市民平等を願い真剣に日本の事を考えて文字通り命がけの行動があったお蔭である。

 以前京都の東山に有る霊山護国神社に行ったことがある。

龍馬と中岡慎太郎のお墓があり、お参りをした時その周りには池田屋で犠牲になった志士たちや禁門の変で犠牲になった人々も共にまつられていた。

 新しい日本を夢見て、命を駆けて戦い、長い戦の末に出来たその日本を見る事無く、若き命を散らした彼らは、今の日本を見て本当にどう思っているだろうか?

生きている我々は、彼らに今の日本を自信を持って言えるだろうか?

「皆が安心して暮らせる日本です」と。

真剣に日本国のことを考え、命を削って私心を捨てて、国造りをしてくれている国会議員や官僚の人達はいますか?

吉田松陰や坂本龍馬の様な人材が現れてくれる事を祈りつつ、我々は自分達の事は自分達で守って行ける様になること。その為には国に頼らない自律した人間にならなければならない。

それにはインテグレーター=統合者になるしか方法はない。自らの無意識を整理し自ら与えられた真理の生きる道を知る事により、龍馬の様な生き方が出来る人間になれるのである。これを自ら実践していくことである。

        真理攫取


金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2010年10月27日

金谷氏今月のメッセージ (平成22年10月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


テーマ「父の言葉」

 分析を通して解かった事は、人は親の言葉を無意識に刻印されていると言うことである。

それが役に立つ良い言葉であるならば、人は幸せな人生を送る事が出来るのであるが、ほとんどの人がそうではない。

逆に不幸な人生を幸せだと思い必死になって生きている。其れは自ら選んだ道ではなく、他者によって作られた道であり、それを自らの道と思い込み突き進んでいるのである。

 何故そうなるのかと言えば、子供時代は自分の思いを上手く表現できず、おまけに親には聞いてもらえない上に、子どもの思いや考えは否定され認めてもらえない。

挙句の果てには、親は自分の不安を子供に押し付け、指示命令を使い子供を思い通りに操り、完膚無きまで主体性を奪い、子供の自己決定能力を潰してしまった。その結果、自らの道を歩む事が出来なくなっているのである。

それ故、それ以後の人生は人の模倣と従属の人生を夢憂病者の如く生きて行くのである。

 

 真の幸福を味わう事無く、今が幸せだと思い込み生きる事しか出来ない。人間は学んだ事しか出来ない為、この流れは変わる事無く永遠に続けられていくのである。

これは母親である女性が主導権を握り、男である父親の力が弱体化してるからだと言える。

親が子供のことを思う気持ちでは、母親には勝てない。十月十日、お腹の中に抱え命がけで出産し24時間体制で母乳を与え、圧倒的に密着度は父親とは比べも飲みならない。

父親は母親に比べ密着は少ないが、だからと言って愛情が母親よりも少ないとは限らない。密着が出来ない分父親には、母親よりも強い他の力が与えられる。触れられない分、回りの状況を確実に把握し、的確な判断で危険回避をし子供を守るのである。子供の言葉や行動からどの様に成長しているのかを判断する。

そしてどんな風に育って欲しいのか、父の思いを伝える為に子供の名前に込められるのである。

事実は意識上の思い以上に無意識に伝えてる事の方が大きい。これを知るには精神分析が一番正確に解る。それ以外にも日々の中で、常に語り続けている言葉でも解る。

「また、お父さん言ってる!」と言う様な中にも真実がある。

 又、父親の愛読書・好きな歴史上の人物・気に入って掲げている絵・書などの中に伝えたい事のヒントが多く隠れている。

母親のように世話をする事により信頼や愛情を教えて行くように、父親は言葉や行動で伝えようとする。其れは男性の中に組み込まれた子孫保存本能があるからである。

 私の父は、名前に「吉」を付ける事に強くこだわったと母から聞いた。理由としては「吉」がつけられた人は、皆偉い人・立派な人になっているからだと言う。父自身は結核と言う病に侵され、33歳と言う若さでこの世を去った。

以前にも書いた事がありますが、父が病床で私に書き残した手記(メモ用紙であったが)にはしっかりと「その親の親の親にもなるなかれ」とあった。

この言葉は、以前は「親を越えて行け」と言うことだと理解していたがそうではなく、その願いもあったかもしれないが、今ラカン理論で言うならば「子供時代を捨て、母子分離をし、父の言葉で子供の自我を去勢して、主の語らいを持って自律をする」と言う事であると解った。

 先月に記したように、野村監督も父親が幼いときに戦死され、高校の時に出会った教師が父親代わりになり、その師が残した言葉「技術の前に人間を磨け」に出会った。

その言葉は、自らの幼い野球に対する考えを打ち砕き、そこから野村ID野球を開眼させたのである。

父の言葉に基づき、自らの考えを生み出していった。正しくラカン理論そのものを具体化したものと言える。

 私の父は自分の模倣をして欲しくなかった。最後の力を振り絞り私を残してくれた。理論上は「何も出来なかった、妻子を守れなかった不甲斐無い父」だと言えるが、私を精神分析に導き、良きクライアントとの出会いを作ってくれた。

死して直、貫く父の信念を引き継ぎ、次の世代に伝えていく真実一路だと心得「真理攫取」名前通りの道を歩み続けていきます。

                            真理攫取

金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2010年9月30日

金谷氏今月のメッセージ (平成22年9月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


テーマ「愛国心」

 愛情とは何か?
一般的には恋愛に使われる。しかし、では何故愛した相手と離婚と言う結末を向えてしまう夫婦がいるのだろうか。

これは真実の愛を知らないが故に起こる悲劇である。

 愛には家族愛・友人愛・隣人愛・仕事愛があるが、本当に愛の交流をしているのか疑問である。

本当の愛を証明するには「命」が使われる。「命がけ」である。

言葉では言えるが、実際はどうなのであろう?

愛している人の為に自らの命を捨てられるか?

 こんな話があった。

神戸の大震災で家族を守らなければならない父親が、いの一番に逃げ出し、後に離婚されてしまったと笑えない話である。

決してこの父親も愛情が無かった訳ではないはずであろう。

しかしこの行動をとってしまった後で、お前達のことを愛していると言っても説得力はない。又その反対に妻や子供を守って、覆い被さって命を落としてしまった父親もいた。この人は家族に対して深い愛情があったと言っても充分納得するだろう。

でも、二度と家族を守る事は出来ないのである。これでは命がけで愛されても喜べないものがある。逃げ出した父親も仕事をして、生活力があれば家族にとってそれの方がいいはずである。

 「亭主元気で留守がいい」と言う川柳があるが、これにも愛は感じられない。ただの機械で「給料運搬人」で愛情は存在しない。

愛によって生きて行こう、一生懸命働こうと決意し、行動出来るこの愛が真実であろう。

では真実の愛はどうして手に入れるのか。

 それは母子関係の最初の授乳行為から獲得するものである。母親は命がけで出産をし、自らを犠牲にして育てる。それが出来るのは真実の愛があるからだ。この愛によって育てられた人のみ、愛を正しく使える。

命を懸けて何かに向かい、何かを造り出す、自らの力を惜しまず働き、達成させ決して諦める事はしない。

母親が一度でも諦めていたら今の私はいない。

母親の欲望〔諦めない〕に気付けば、思いどおりに生きて行ける。

この愛を大きくしていけば、家族・社会・国家と正しく使っていける

 今、大河ドラマ「坂本竜馬」を放映しているが、そこで描かれている開国と攘夷の争いのその時代の人達は日本の国の為に、日本を守る為に日本人同士で命がけで戦っていた。

敵も味方も日本のことを思い、日本を愛していたからこその争いだったと言う事を描いている。

 竜馬は無駄な争いをしないで日本を変えて、外国から守ろうとした。

人間同士の殺戮を避けて話し合う方法を極力とった。それも竜馬の人間愛の深さの表れであろう。がその願も虚しく1868年戊辰戦争・勃発、16ヶ月余に渡って戦われた。

後に竜馬が願った新しい国・明治政府が樹立したが、それを見る事無く33歳の短い生涯をとじた。国を愛し人を愛した竜馬の精神は、今の日本には見当たらない。


少し前、民主党の代表選挙があったが誠にお粗末な茶番劇、国民を無視した代表選があったばかりだが、誰が国を愛し国民を愛しているのか?

自分の立場や名誉を守り、自分個人の事しか考えていない。

具体的に今の日本をどうするか、などと言う説明も無く、国民を納得させる行為は何もない。

国民は国に愛されているとは思えない。この愛を感じられない日本に住んでいていいのでしょうか?

本当に今の日本を変えてくれる愛国心を持った幕末の志士の様な人達の出現を強く願う。

                            真理攫取


金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2010年8月29日

金谷氏今月のメッセージ (平成22年8月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。

テーマ「意識改革」

 所長の一言としてホームページを生かす為に、気楽に始めたコーナーであったものが
いつしか、「読んで気が付きました」と言う声が聞こえてきたり、楽しみに待っていて
下さる方もあることが分かりました。

止めようかと思った時がありましたが、お役に立つなら、一人でも見てくださる人がいる
ならばと、止める訳にはいかないなあ・・と自分自身を鼓舞する為にも書き続けようと
決意を新たにこれからもボヤキます。


 ここでいつも、いつも語ることは父や母の事である。

特に母親の役割の重要な事は、何度も書いた。母親ばかり責めてはと思い父親の役割の
事も書いた。

 その声は届くはずもない事は分るが、あまりにも馬鹿な母親が多くなっている事に不安
を感じる。

子供を犠牲にして死に追いやる事件が毎日の如く報道されている。

子供の育て方がわからないと言うよりは、子供を育てる意味が分からないと言った方がいい。

 当研究所でも母親学校を開講しているが、まったく問い合わせも無くなり無関心に
なってしまっている。

自慢ではないが、当母親学校を卒業したお母さんに育てなおしや、育ててもらってる
子ども達で元気のない子は一人もいない。絶対に良い子になる。〔といっても決して
親の都合良い子になる事ではない。〕

この良い結果を生み出している理由は何かと言えば、私の教え方が上手い!訳では決して無い。

元気になるお子さんのお母さん達の共通する点は、勤勉である・熱心で粘り強く行動力もある・素直に理論に従い賢明な母親であると言うことに尽きる。

知らない人が聞けば何を上手い事言って・・・・と思うだろう。しかし事実である。

子供を育てられないと言う事は、母親自身もしっかりと育てられていないと言うことで
ある。人間は学んだ事しか出来ない。

理論などまったく学んでいない母親が、時間とお金を使い、学びながら実行して行かな
ければならない。

でもやり方と育てる意味を考えれば出来る。辛くても苦しくても出来る。其れは当たり
前の事だと受け入れていく「一人の人間を育てる」事が簡単に片手間に出来るならば
苦労はいらない。

 私は母親学校やカウンセリングを通して母親の意識改革をしている。

根底から人間を育てるとは?人間が生きて行く為に必要な精神を、20歳までに築き
上げて行く方法等を学んで行かなければならない事を強く訴えている。

学校の勉強だけでは社会では通じない。オウム真理教の信者達の学歴の高さに驚いた
のはそれ程遠い記憶ではないでしょう。意識改革の素晴らしさを野村克也監督の事を
参考に説明したい。

 楽天の元監督であった事は周知の如くですが、戦後初の三冠王になった人で、選手
時代は南海・ロッテ・西武と活躍し通算ホームラン657本歴代ニ位の記録を持っている。
引退後、監督としてヤクルト・阪神・楽天と兼任監督時代を含め5度のリーグ優勝、
3度の日本一に輝き、通算勝利1565勝〔歴代5位〕の記録をも持っている。

野村氏が監督に就任するタイミングはいつもチームが最下位の時。

いつしか選手の能力を引き出す再生工場と言われる様にもなった。
そのきっかけとなったのは
平成元年〔1990年〕9年連続Bクラスに低迷していたヤクルトスワローズの監督に
なった時の事.
野村氏は、このチームは素質のある選手がいるのに成績が上がらない事が不思議だと
思ったそうだ。勝てないのは選手の考え方に問題があると見抜き、意識改革に取り掛
かった。

 彼が高校時代の恩師の教えに「技術の前に人間を磨け」と言う言葉がある。

その言葉通り、練習の後、毎晩選手全員を集め1ヶ月に渡ってミーティングをした。
その内容は野球とは関係ないサラリーマンの人達の仕組み・仕事とは何か?等様ざまな
事に渡った。
ミーティングを通じて伝えたかった事は"人間的成長なくして技術の進歩は無い"
選手一人ひとりの意識が向上すればプレーは変り、チームも強くなり成績も必ず上がる。
高いプライドは実行の妨げになる。組織の内では問題意識を持つ人間であってほしい。
このミーティングが功を奏し就任後3年目平成4年〔1993〕にリーグ優勝し3度の
日本一に輝いた。

野村克也は言う・・・・・人間に必要なものは経験と知識である。知識を得る為には
本をたくさん読む事だと言う。

そして提言する。・・・・・ 思考が運命や人生を決定する。
              考え方が変れば行動が変わる
              行動が変れば習慣が変わる
              習慣が変れば人格が変わる
              人格が変れば運命が変わる
考え方は行動と連動していると言う。人間最大の悪は鈍感であると言う。

 これを母親の意識改革に当てはめると母親の思考を変える

"母親の教えなど子供には通じない。母親の役割は子供の能力を見抜きそれを子供の力に
合わせて育てていく事にある。"

自分が育てるのではなく子供が育っていくのを支援するのである。自分の考えを速やかに
捨てて子育理論に素直に従い行動する。

結果だけを求めず子供の成長を見守る。昨日より今日・今日より明日、出来なかった事が
出来るようになった。分からなかった事が分かる様になった。
ただただ子供の成長を楽しみに、自ら意識改革に取り組み自らも成長する事により、良い
子供を育てる事が出来る。

一刻も早く改革に着手する勇気と決断に期待したい。         真理攫取


金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2010年6月28日

金谷氏今月のメッセージ (平成22年6月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。

テーマ「新参者」

 新しく仲間に加わった人、新入りの人の事を「新参者」と言うそうだが毎週日曜日に放映されていたテレビドラマのタイトルである。

舞台は東京の人形町、その街で繰り広げられる推理ドラマである。

主役の阿部寛さんが演じる「新参者」の刑事が、被害者が女性の殺人事件を独特のキャラで解明していく。取調べていく段階で、人は「うそ」をつく、そのうその内容も重要だが、うそをつかなければならなかった何らかの理由がある、ついたうその解明よりもその裏に隠された真実の方が重要な事にも気付かされる。

この殺人事件は、父親が息子の事を思うが故に起こしてしまった事が最後に明かされる。

家族を守らなければならないと言う父親としての責任・義務がある。

又子供には恰好いい父親でありたい、英雄でありたいと思う。それゆえに無理をして事を大きくし、取り返しのつかない事になってしまうこともある。

 人はうそをつく理由が三つある。

①自分を守るためにうそをつく

②他人をかばう為にうそをつく

③事の重大さを軽減するためにつくうそがある。

 刑事ドラマにはすべてが使われる。自分が犯人であるのに恰も他人がやったとうそを言う。大事な人が犯人でその人を犯人にしたくなくて自分がやりましたとうそを言う。

親が止むをえず罪を犯して服役しなければならない時、子供に遠くに出張しなければならないと子供につくうそなどである。

 しかし、うその裏にある真実こそが重要な事である。

このドラマを見ては、精神分析の場面で見る光景と酷似しているといつも思っていた。下手な分析は取調室の中と同じ様になってしまう。

クライアントが語った事は「うそ」である。しかし、悪意があってやっているのではない。そのうそに隠された真実を導き出すことが真の目的なのである。

 ある女性がきた。子育ての悩みが主訴で子供は男の子が一人、「その子を上手く育てる自信が無い。虐待しそうになる。母親として失格者だ。」と訴えてきた。

この女性に聞くことはもちろん彼女自身の親子関係である。

「どんなご両親ですか?」まず母親の悪口から始まり、「自分は長女で下に妹がいて母はいつも仕事ばかりで私達の世話をしてくれない。」

「何故はお母さんは仕事に?」

「父親は職人で低収入、父親の働きでは食べていけなかったから・・・・・・母が仕事に行くから、長女の私が家の手伝いをやらされつらかった。その上母は勝気で口うるさい、女らしいところがない、だから嫌いだ」と言う。

いつも来られて話す内容は母親の嫌なところばかりだが、本当に嫌いなのは、力の弱い父親と結婚した事だと語り始めた。

 そう言えば、父親の事をあまり語らないと言う印象があったので尋ねてみると、やはりあまり語ろうとしない。

質問した事には言葉少なく返答するのみ。

 ある日の分析でとんでもない事実が判明した「お父さんは好きですか?」「好きでも嫌いでもない。しいて言うならば嫌いなほうかな」「どんな所が嫌いですか?」・・・・彼女は口を噤んでしまった。

分析から出てきた事は、父親による『性的虐待』であった。この事実を誰にも言えず、表向き父親の話題には極力触れないようにしてきた。

本当は母親が好きなのだが、こんな父親と結婚した母親が嫌い。父親がしている行為にまったく気付かない、鈍感な母親が許せなくて早くこんな両親と離れたくて結婚と言う道を選んだのだが、決して幸福ではなかった。

真実を隠す為についたうそに、うそをつき通さなければならない苦しみ、そこから逃れたくて分析に来る。

しかし、そこでも「うそ」をつかなければならない悲しさ、本当に幸福になりたくて人間は生きているのか?と思う。

クライアントが、そのうそを止めて真実を語ったときの安堵の表情は実に素晴らしいと思う。

『人間はうそをつくそれは真実の向かうために』

 真理攫取 


金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2010年5月28日

金谷氏今月のメッセージ (平成22年5月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。

テーマ  親の心と子供の心 

 人間は、母親に全面依存しなければ生きていけない所からスタートする。それが長期間に渡って関係を持つ事により、分離する事に苦しむ。

20歳になれば、成人として一人立ちして行く事になる。

これはあくまでも儀式化によるもので、本質的には成人は自己管理能力を持たなければならない。

自分で考え、自分で決めて、自分で実行し、最後までやり遂げ、自分でやった事には自ら責任を取る。

そして厳しい社会の中で、他人と共に生きていかなければならない。

その中で生きて行ける様に、幼少期から育てて行かなければならない、等と考えても思ってもいない。

 親は、自分の子供をどの子供よりも優秀な子供に育てたいと思う。

そこには自分は駄目だったが子供は、自他共に認める優秀な人に育てたと、立派な母親として称賛されたい願望を強く持っている。

子供がどんな能力を持っているのか、どんな道に進みたいか、それは二の次で自分の思いと違っていたら、真っ向から反対し邪魔をする。

 社会は、人を学歴や職業・育った環境等で判断する。

その人の能力や考え方を見ようとはしない。

だから親は子供の能力等無視し、良い学校・よい会社に進む事だけを考え、そこに行かせる事だけに必死になる。

子供が苦しんでいようが聞く耳を持たない。破綻して初めて気がつくが取り返しがつかなくなり、最悪の事態を招き結果は命を落とす羽目になる。

 母親のまなざし・授乳行為・スキンシップ(抱っこ)等が、大人になる為の基本的に必要なものだとは思っていない。

何も言わない・何も出来ない赤ちゃんが、その時から心を育てていく為のものを学び始めている事など思いもかけず、ただ手のかかる泣くだけのうるさい存在にしか思っていない。

 当研究所では、母親学校を開校しているが問い合わせをしてくる母親はほとんどいない。

育児子育てに悩んでいても、時間とお金をかけて学ぼうと思う親はいない。

子供の事で問題を抱え問い合わせをしてきても

「子供が行かないと言う。どうしたらいいのか?」と聞いてくる
「とりあえずお母さんが来てください」と言うと
「私がですか?駄目なのは子供なんですよ。
何故私が行かなければならないのですか?」
「子供さんを育てたのはだれですか?」
「私です」
「ならばお母さんに来ていただいて、育てなおしをしていただきたいのです」と答えると
「それじゃあ結構です」と電話を切ってしまう。

訳もわからず子育てをして上手く育たないと、子供が悪いという。

修正が出来ると言っても、自分がやらなければならないと言う事だとやらない。産んで育てたものを駄目になったら人に直してもらおうと丸投げする、とんでもない親が増えている。

 石川遼君のお父さんの様に能力を引き出させる環境を作り、やりたい事をすべてやらせてその中から選ばせる。後はただただ支援するだけで決して親が子供より前に出る事はない。そして必要とあらば、借金をしてでも子供の為にお金を出すそんな親がいる。

私は疑問に思う、そしてお母さんに聞きたい。

子供を立派に育てられるお母さんになってますか?

ご自分の心はしっかり育ててもらいましたか?

子供の心が分りますか?子供の能力が見えますか?

人間の心は大人になる為にどんなふうに育っていくか知ってますか?

自分が無知だと認められますか?

子供の心は純真無垢であり、親が支援する事により立派に育っていく、親が思っているより遥かに素晴らしいものになる事を知っていますか?

「親が無くても子は育つ」は肉体的成長を言ったもので、心は親が余計な事をせずに、必要な支援をしないと育たないのである。

 テレビで「トキ」が卵を置いて巣を離れた所へ、カラスが来てそれを盗んでいく所を映していた。

それを見ていた人が、カラスは何と悪い奴だと非難している。

見ればそう見える。しかし環視している人はこう言った。「カラスは悪く見えるが、卵を守らないトキの親が悪いのだ」と。

 私は以前に鴻巣と言うところで心理学を学んだが、鴻巣と言う土地の名にこう言い伝えがある。コウノトリの巣に大蛇が卵を盗みにきたが、それをコウノトリの親が命をかけて大蛇と戦い、みごと卵を守った所から「鴻巣」という名がついたと。

私はこの縁ある土地で、子供を守る理論を学べた事が誇りで、又この理論で子供を守る為にこれからも伝えて続けて行きたいと思う。


                      真理攫取


金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2010年4月29日

金谷氏今月のメッセージ (平成22年4月)

〔テーマ 『吉田松陰』 〕

 私が青春時代に憧れた吉田松陰は、若くして時の徳川幕府を真向から立ち向かい壮絶な生涯をとじた。

その知性と勇気に「男」を見たからです。父のいなかった私は男はどう生きるべきか、どう生きる事が男の人生なのか、と問いかけていた時に松陰の人生を垣間見て憧れていた。今またその壁に打ちあたって再度松陰に出会う事が出来た。

 松陰は元保元(1830年 )萩で下級武士の次男として生まれ9歳で中国の古典を諸んじ、11歳で藩主の前で学問を講義し、長州藩期待の星であった。彼は5歳で伯父の所に養子に出された。
伯父は武士の心得や戦の攻め方や守り方を研究する兵学者であった。

その伯父から英才教育を受けた彼の逸話がある。ある日学問の指南を受けていた時一匹の蚊が松陰の顔を刺したのでそれを手で払ったところ、伯父は烈火のごとく怒った。「学問は藩に役立てる為にやっている事、言わば公の事である。その最中に虫が止まって痒いというのは私事である。藩の為には私事を捨てなければならないのだ」と徹底した教育だった。
  1851年・松陰22歳の時兵学修行の為に江戸に留学したが松陰は江戸の学者に失望する。江戸の学者は、皆学問を生計を立てる手段と考えている人が多く、貫く道として学問を志す人がいない。

松陰は日々、日本各地から集まって来た優秀な若者と議論を交わした。当時はまだペリーの黒船が来る前の時代の事、話題は日本近海に現れる外国船・アメリカロシアの船が東北で目撃されていて、いつか攻めてくるのではと恐れられていた。

 日本の守りは大丈夫なのかと、松陰の兵学者の血が騒ぎ熊本藩士・宮部鼎蔵と共に東北調査の旅を決意し、その調査の旅に出るには「過書」(現代のパスポート)が必要であり、松陰はすぐさま申請しようとした。

が許可に2ヶ月かかると言われ、また、「過書」無しで旅に出れば藩を脱走した犯罪者になる。その上時は12月真冬の東北は大変だから出発延期を諭されたりと、結局のところ許可の無いまま出発してしまう。

待ってたのではが時期を失すると考えた松陰、1851年12月22歳の時で2人は外国船が出没する津軽海峡を目指した。

道中水戸では兵学者に話を聞き、会津では洋式の大砲を見学した。
しかし、難関は越後山脈の諏訪峠を越える事であった。ここは積雪が2mほどにもなる豪雪地帯で、一歩進むのも容易なる事ではない。

登り始めてから5時間峰の頂上を極め、四方を見渡してみるとこの上なき快感を覚え、あごが外れるほど大笑いした。困難であればあるほどその中にある大切な事を知る事が出来るのだと悟った。

 だが松陰はこの後、日本の厳しい現実を見せつけられる事になった。まず、佐渡島にたちより幕府直轄地の金山を見学した。そこで見たものは工夫達の悲惨な姿で、どんな力がある者と言えども10年も働けば体は衰弱し死に至る事、しかしそれでもここはまだましな方で他の山なら3.4年で死ぬと言う過酷さ。

 その次に訪れたのは、優れた軍馬の産地・盛岡藩に立ち寄った。
軍馬の生産農家と話をした所、農民たちが育てた馬が2歳になると藩が安い値段で買いたたいてしまう。利益の多くは官にあって民にはないのであった。国の守りを支える人々が、幕府や藩に追い詰められている現実に松陰は疑問を抱いてしまった。

 1852年3月・津軽海峡に到着、そこで松陰は愕然とする。
海岸に大砲はあるものの弾が遠くまで届かない旧式ばかり、地元の弘前藩は見て見ぬふりをしている。藩の重要な地位にある者がこの事態にぼんやりとして心配すらしていない。

松陰が帰国したが藩は厳しく罪することはなく、まず頭脳明晰な松陰が見聞を広めれば後々藩の役に立つと、逆に自由に旅する許可をあたえた。
 
 その後、松陰は南は九州から東北に至るまで歩き、距離はおよそ1万3000㎞地球の直径とほぼ同じであった。
松陰は又大胆な行為に及んだ。弟子の金子重之助と共にアメリカ密航を決行した。1853年6月24歳の時にペリーのアメリカ艦隊が浦賀に現れた。

1854年1月25歳の時、無謀な挑戦をする。西洋に対抗にはするには自分がアメリカに渡り、技術を学ぶしかないと考え1854年3月・伊豆下田に向かった。

船頭に交渉するが、一度は黒船を目前に逃げ出され、次は約束をすっぽかされ、それでもあきらめず黒船の船員に手紙を渡し、自分たちを迎えに来てくれと頼んだ。が実現せず自らの力で船を操り黒船に乗り込み命がけの申し出であったが、アメリカが密航者を受け入れてしまうと、幕府との交渉に支障が出る恐れがあると判断された為、簡単に断られてしまう。

 しかし、後日ペリー提督はこの日の出来事をこう語っている。
「この事件は二人の日本人の激しい知識欲を示すものとして、じつに興味深かった。この二人の性格を見れば、日本の前途は何と可能性を秘めている事か!何と有望である事か!」と絶賛したのである。

 海外密航を企てた二人は逮捕され、金子は獄中死をしてしまう。
松陰は身分の低いものが志を果たせない国の現状に、疑問を膨れ上がらせていった。
松陰は自宅謹慎を命じられた事により、自宅で「松下村塾」を開いた。自分を「ぼく」弟子を「あなた」と呼び対等な立場で学習していった。そこには90人を超す弟子たちが集まり、戦いの天才・高杉晋作、長州の若きリーダー・久坂玄瑞、後の初代総理大臣・伊藤博文等多勢の偉人が育った。

 しかし、ここで松陰は強烈な幕府批判をはじめる。長州藩の藩主に意見書を認めた「世を惑わし民を偽り仁義をふさいでしまう功利の説が天下に満ち溢れている。将軍は天下の賊である。大義にてらしてこれを討滅誅戮し少しも許してはならない」

この激しい抗議文、当然ながら長州は握り潰してしまった。松陰は諦めることなく尚も「これから幕府の老中を暗殺します。ついては武器弾薬を貸してほしい」藩は松陰を投獄してしまった。それでも諦めず牢屋から弟子たちに手紙を書き、自分の訴えを依頼したが弟子たちは血判状を書いてまで諌めた。「先生のおっしゃることはもっともで感激しましたしかし決起は容易でなく、かえって藩に迷惑がかかります。胸をおさえ過激な批判を止め、藩に害を及ばせぬようお願いいたします。」と返事を出した。

しかし松陰の答えは「私の思いが分らない人と絶交する。僕は忠義をするつもり。諸友は功業をなすつもりで、自分の功績や手柄を考えてるのではないか!皆が時勢環境と言うが、時勢が来るのを待っていれば日が暮れる。自分たちが時勢を作り環境を整えるのだ。」と主張した。

 安政6(1859年)7月9日幕府役人から直接取り調べを受ける事になったが、松陰はこの期を利用し、幕府が穏便にと処理しようとした行為を無駄にして、老中暗殺を自白し自らの思いを直訴してしまう。

「奉行がもし私の意見に耳を傾けて下さり、天下の大計・現在の急務を弁え1・2の措置をなさって下されば、たとえ私が死んでも光が有ります。」自らが声を上げる事によって、少しでも世の中が変わるかも知れないという命がけの訴えであった。

 これにより安政6(1859年)10月27日30歳に死罪になってしまった。松陰の遺言と言うべき「留魂録」でこう言っている。「私は30歳、四季はすでに備わった、花咲き実は結んでいる。
それがよく熟していないものか、それとも成熟したものなのかは私の知るところではない。もし同士の中で、私の心を継いでくれる人があればそれはまた、種子が絶えずに穀物が年ごとに実って行くのと変わらないことになろう」

 松陰の死後8年目にして幕府は倒れた。松陰の信念は「成功失敗を考える前に、まず行動する事に意味がある」世の中を変えようとする人の考えや行動は、無茶に見える。それは常識や慣例に従って変化を恐れ、事なかれ主義に固執している人の目線であり、それでは何も変わらない。
松陰のようにこの世の中を正しく自分の目で見て、感じ個人や藩だけの為でなく日本国の事を思い、自らの主張を絶対に諦める事無く、訴え続け自分が声を上げ行動することにより、世の中を変えようとする意気込み、相手がどんな人間であろうとも堂々と立ち向かう勇気、命がけで最後まで信念を貫く精神、これが男としての生き方である。

私はこの精神を学び行動して生きて行きたいと思う。

所長  真理攫取


金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2010年3月27日

金谷氏今月のメッセージ (平成22年3月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。

テーマ 女性の権利

 現在、日本の法律は男女同権平等を明記しており作ったのは日本人ではなくアメリカ人でそれも弱冠22歳の女性であった。

その人はベアテ・シロタ・ゴードンさんと言い1923年(大正12年)オーストリアウィーンに生まれ現在86歳の女性である。

 父は天才ピアニスト・レオ・シロタ氏(両親共にウクライナ人)で作曲家山田耕筰氏にピアノの腕を買われ東京音楽学校(現東京芸術大学)に特別講師として招かれ、一家で日本に移住する事になった。

ベアテさんは日本に来て納得出来なかった事がある。一つは許嫁制度、親が勝手に知らない者同士を結婚させる事、もう一つは男女が外を歩く時、男性が前で女性が後ろを歩く事、欧米では決してありえない事だったから。

 彼女は日本にきてピアノ・英語・ランス語・モダンダンス・バレー等を習ったとりわけダンスには力を入れプロのダンサーになりたいと思っていた。しかしベアテさんに重大な転機が訪れる母の言葉があった。

「あなたは確かに表現力は上達したわでも決して一流のダンサーにはなれないわ」芸術に生きる事への厳しさ、天分が無いのにその道に進むつらさを母は語った。

そして続けてこう言った。「あなたにはきっと語学の才能があるわ。」その通りで15歳にしてドイツ語・ロシア語・日本語・英語・フランス語と五カ国語を修得していた。

 さらに語学に磨きをかける為アメリカへ語学留学に単身で渡った。サンフランシスコのミルズカレッジに入学、当時では珍しい女性の学長でこの人から女性の自立・女性の社会進出という考えに影響を受けた。

そのベアテさんに突然悲劇が襲う。2年後の1941年(昭和16年12月8日)日本軍が真珠湾を攻撃し太平洋戦争が勃発した。しばらくすると両親からの連絡も送金も途絶えてしまった。

 しかし、ベアテさんは一人で頑張り1943年昭和18年大学を卒業し1945年(昭和20年)アメリカ国籍を取得ニューヨークに移住した。そして、スペイン語も習得し計6カ国語をマスターし、そのまま語学力を買われタイム社外国部入社した。

だがここで女性に対して差別を受ける。女性はどうしても記者にはなれない、エディター(編集者)にはなれなかった。リサーチだけで男性のアシスタントしか出来ない、でも、両親の情報が入るかもしれないと思い我慢し務めた。1945(昭和20年)8月15日終戦を迎えた。2ヶ月後日本に居る記者から両親は健在だと知らせてくれた。

しかし一般人は日本に行くことが許されなかった。そこでベアテさんは一計を案じGHQに職を求めた。

ここでも語学力を買われ日本に行く許可が下り1945年(昭和20年)12月24日5年ぶりに日本に帰る事が出来た。両親と再会しベアテさんは民政局に勤務した。局長はホイットニー准将・マッカーサー元帥の分身とまで言われた人物の局長代理ケーディス大佐(法律家)の下で働く事になった。

 1946年(昭和21年)2月4日ホイットニー准将の命で突然20名が集められ「これから民政局は憲法草案を書くと言う作業をする事になる」日本国民の為に新憲法を作ることになったベアテさんは図書館に行きドイツワイマール憲法・フランスの憲法・スカンディナビアの憲法・ソ連の憲法等を集め研究した。そして人権に関するグループに配属された。

そこでケーディス大佐に「あなたは女性だから女性の権利を書いたらどうですか」と言われ、人はどうすれば幸せになるのか?日本の女性に何が必要なのかと考えた。そして12条項を書きあげた。

 1946年(昭和21年)2月8日運営委員会との会合が始まった。しかしほとんどカットされてしまう。女性を思って頑張っても男性の一言で覆されてしまう現実、その中でも結婚と家族が残った。それは次のものである。

≪第22条・結婚はお互いの合意のみに基づいて成立し男女は平等な権利を持つ。)3月4日、日本政府との話し合いがはじまった。に本政府が作ったものは明治憲法と変わりなく軍国主義が色濃く残るものであった。ベアテさんは通訳として同席した。

 日本政府はベアテさんの作ったものに対し「日本には女性が男性と同じ権利を持つという土壌はない」と主張してきたがベアテさんは女性の権利を主張し日本政府を納得させた。

22歳の一人のアメリカ人女性が日本の女性の権利を守り日本の憲法を変えた。そのお陰でいま日本の女性は社会に進出出来てると言っても過言ではない。

 ベアテさんがこんな大事業が成し得たのは母の素晴らしいアドバイスとベアテさんの才能を的確に見抜いたからであろう。それには子供に何でも経験させる事、それらの中から才能を見抜く事である。親の主観や願望で子供の人生を決めてはいけないと言う事をベアテさんのお母さんから学んだ。

「母なるものとは、積極的献身的で思慮深くかつ連綿とした優しさとでもいうべき風土の中で相手に向けられた配慮全体と称すべきもの」である。

                               インテグレーター 真理攫取


金谷精神療法研究所


ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2010年2月27日

金谷氏今月のメッセージ (平成22年2月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。

テーマ「親の支援」

 人は何かをしたい、何かになりたいと思っても何をしていいのか分らない。やりたい事と出来る事は違う。

世の中で大成功している人はどうして成功したのか?どうやってそれを見つけそれになれたのか?

 一つは親の支援が大きい事である。親の絶妙な対応の素晴らしさを紹介してみよう。まずは「石川遼君」である。16歳でプロゴルファーになった。お父さんは「遼」と命名したのは、遥かかなたまで突き進んでほしいと言う願いを込めてつけたそうである。

そして、この子は何ができるか?と言う事を知る為にやりたい事を何でもさせた。また、子供が自由に駆け回ることが出来る家を購入しようと郊外に求め、自分は通勤時間が倍の2時間かかるようになったが、そんな事、全然苦にならなかった。子供の為ならば、自分の趣味に使っていたお金をローン返済に回したり、自分のゴルフクラブを切って子供用のクラブを作って遊ばせたりもした。

それが今のゴルファーのになるきっかけでもあった。 親は子供の夢を否定してはいけない。夢を持たせ言葉にさせて具体的な目標を決めさせそれを支援して行く。遼君は「世界一強くて世界一好かれる選手になりたい」である。

 次に発明王トーマスエジソンの話である。周知のごとく蓄音器、白熱電球、映画用カメラ等を発明し生涯で1093の特許を取得している。

彼は小学校を中退している。それには理由がある。ある日エジソンは教師に「エジソンお前の頭は腐っている」と言われた。それを聞いた母は学校に抗議に行った。すると教師はこう説明した。「エジソンは授業中にばかげた質問ばかりして授業を妨害するのだと」

その質問の内容は「先生、なぜ風が吹くの?」「何故空は青いの?」・「何故魚はおぼれないの?」何故? なぜ? と連発をする。

又、1+1=2だと教えたらエジソンはコップの水は2つ合わせると1つになるから1+1=1じゃないかと言う。

エジソンのお母さんは子供が何故どうしてと質問するのは、当たり前の事ではないか、と言ってエジソンを家に連れて帰り、そのまま退学させ教師だった母が勉強を教えた。

 そして実際に現実を見せてエジソンの対応をした。ある時エジソンがアヒルが卵の上に座っているのを見て何をしているのか?「卵を温めないと中のヒヨコが生まれないの」と教えたら、その日からエジソンは自分の体で卵を温め始めた。

「2日間温めたが何も起こらなかった。母親は「2日間でヒヨコが生まれないという事が分かったのだから良かった」と叱らず、失敗しても学ぶことが出来ると教えた。

後に一緒に百科事典を調べ、卵は3週間以上温めなければ生まれない事を知る。子どもが興味を持ったものは否定せず、共に味わい・共に学ぶと言う事である。

 故・松下幸之助氏は、こう言っている。「成功する為には成功するまで続ける事である。途中で諦めて止めてしまえばそれで失敗である。」と

もう一人・手塚治氏の話である。手塚氏の母は漫画の読み聞かせをした。それも台詞をキャラクターごとに変えて読んだ。そのお蔭で子供時代にとてもワクワクしたり感動したりしたと語っておられた。

その影響か漫画を画くようになり、その画いた物が友達の中で評判になり人気者になった。祖父は医者になってほしいと願ったが、お母さんは「医者と漫画家と本当に好きなのはどちら?」と尋ねたら、彼は「漫画」と答え、母は「それほど好きならば東京に行って漫画家になりなさい。」と言ったという。一般的にはどう考えても「医者」であろう。しかし、それを子供の選択に任せた母親は素晴らしいと思う。

 最後にキュリー親子、二度にわたりノーベル賞を受賞した物理学者である母親は、物理学に一途に打ち込み、身を構うことも無く娘から見ても決して美しいとは言えない。自分も構ってくれない。

物理学を恨んでいた。キュリー夫人はそれに気付いて、物理学の研究所に連れて来て、側に置いて世話をしながら研究をし、その結果娘さんも物理学に興味を持ち、ノーベル賞を受賞するに至ったのです。

 母親は子供に真実の姿を見せて教えていくという方法もあるのである。親は子供の事に深入りせず自らはあるがままを見せて共に生きる事である。

                                 インテグレーター  真理攫取

金谷精神療法研究所


ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2009年12月25日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年12月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。

テーマ「言葉の力」

 精神分析は言葉で治療をすると何度も言ってきた。これも言葉で表現している。
言葉を説明するのにやはり言葉を使う。言葉が無ければ何も分からないし、何も出来ないと言うことになる。人間に取っては一番大事なもので、絶対に必要なものである。それほど大切なもので必要なものを人間は、有効的に使っているだろうか?

 人を非難したり、悪口を言ったり、うそをついたり人間の心を無神経にも傷つける言葉、傷ついた人達が分析におとづれる。そこには親から「刻印」とも言うべき言葉を埋め込まれ、その言葉に苦しめられていることが浮かび上がってくる。

 治療は、この言葉を見つけるべく夢分析を使いながら探っていく。そして原因に行き当たれば、激しい情動と共にクライアント自ら語る。その状態で言葉にしたときすっきりし、自ら気付き受け入れて終わる。

 言葉はこれほどまで苦しみ心に打撃を与える。これは言葉が悪く働いていると言うことである。そうであるならば逆に良くなる力もあるのではないか、と思っていたがそれを証明する結果に出会えた時はっきりと分かった。

一般的にも恩師や先輩、友人・親からの一言が自分の人生を変えたと言う事を経験した人も少なくないだろう。また、自分自身を奮い立たせ励ます「言葉」を持っている人もおられるだろう。俗に言う「座右の銘」である。
 因みに小生の座右の銘は「絶対に諦めない!/ネバーギブアップ」である。聖者といわれる人は必ず言葉を残している。イエスは「山上の垂訓」を残し、お釈迦様は残されているお経全てに語られている。日本では戦国武将が旗印に文字を掲げた。今年の大河ドラマ「天地人」に出ていた上杉景勝の執政「直江兼続」は「愛」の文字を旗と兜に施していたのは記憶に新しいところであろう。

 又、その武将が死ぬ時「辞世の句」を読んだことは有名である。吉田松陰の歌は「親思う心に勝る親心、今日のおとづれ何と聞くらん」親の子供を思う心の深さを読んだものである。

こうして言葉で存在を示し気持ちを伝えている。戦場では、士気を鼓舞するのに役立ち「辞世の句」では、自分がどう生きてきたかを語っている。

今回EXILEがアルバムを出した。その中にマニフェストが入っていた。実は今年の初めに今年60歳になって生まれ変わる時期に何か自分のマニフェストを作ってみようと思っていた。6月頃に頭の中では出来てはいたが、誕生日に発表しようと思っていたらEXILE」が先に発表したのを見たとき、まったくとは言わないが自分が考えていたものと同じであったことに驚いた。僭越ですがここに披露してみたいと思います。小生のマニフェスト

1、幸せな自分をより幸せに向かい幸せな人を造っていく

2、夢を諦めず追い続けて行く

3、全て愛が必要、死ぬまで人を愛していく   である。

EXILEのマニフェスト

  1、「LOVE」愛を信じる愛を基準にする

  2、「Dream」夢を追う夢を応援する

  3、「Happiness」幸せに生きる幸せを共にする  である。

さすがEXILEは上手く作っている!

なのでこれを使わしてもらおうと決めた。この言葉通り生きていく。生きた言葉を使える人間を目指して、分析に磨きをかけていこうと心に誓った。

                 インテグレーター 真理攫取

金谷精神療法研究所


ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2009年11月26日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年11月)

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。

テーマ「天皇陛下」

 今上天皇陛下が即位されて20年になられる。
日本独特の刀世一系125代まで続いている国はほかにはない。
今上天皇は先の戦争に敗け、日本国憲法において国民の総意に基づいて日本国及び日本国民統合の象徴と規定されてから初めて象徴天皇を貫かれた。
常に国民と共に国民の目線で語られてこられた。
 125代の中には悲劇の天皇もおられ、天皇が北と南に別れる南北朝時代等、ご苦労の時代もありましたが、その事により国が変ったり他国に乗っ取られると言う様な事は無かった。
他国では政権を奪い合い革命を起こして軍部が支配したり、他民族が支配したりして国の情勢が混沌とし、国民が苦しめられたりするが、日本では一切そういう事もない。
 昭和天皇が崩御され、今上天皇が即位された時も静かに何事もなく立派に平成に移行した。
我々の時代には、天皇陛下がどういう人かと言う事を、学校や老人・知識人からよく聞かされた。天皇陛下になるには三種の神器が備わっていないとなれない。道具で言えば「鏡」・「玉」・「剣」の三つであるが、これは物を持ってればと言う事ではなく、この物が象徴とする心が備わっていないとだめだと言う事である。
それは、「鏡」=智  「玉」=仁  「剣」=勇  である。
智は、この知では無い。大自然の法則をも理解できる智。
仁は、世界平和が樹立出来る大慈悲心。
勇は、勇気であるが悪なるものを一刀のもとに切倒す勇気の持ち主でないと天皇にはなれない。
これは、日本国民全ての人々にも備わっていなければならない。
これを「大和の精神」と言う。
 しかし、先の戦争でこの精神は戦争を引き起こす悪しき心だと、とんでもない方向に追いやられてしまい、以後、子孫に伝える事を学校教育も親達も止めてしまった。
我が国には、こんな立派な伝統精神が存在するのに誰も知ろうとしないし、学ぼうともしない。
それ故に経済大国にはなったが、精神大国ではない。
今の世の中は、敬わなければいけない老人を騙し振り込め詐欺をしたり、簡単に人を殺し金品を奪い、又、自分の産んだ子供を虐待し命を奪ってしまう。
思いやりや労りの心など何処にあるのか?
 皇室はいつも国民の手本になられている。陛下のお言葉の中にその心が良く現れている。
即位20年記念行事式典での陛下のお言葉に、先の戦争で失われた人々の命や外国人の人達の命も、多く失われた事にまで心配りをされ、戦後の日本の復興は戦後を支えた人々の、計り知れぬ苦労より成し遂げられたものと国民を称えられた。
陛下は外国にも目を向けられベルリンの壁の崩壊、ソ連邦の解体により新しい世界になると思いきや今だ、各地域で紛争が絶えない事に心を痛めておられる。
そして今日、我が国民に対し数々の困難に直面しているが、人々が互いに絆を大切にし英知を結集し、相携えて努力する事により忍耐強く困難を克服していけるように願われておられる。
 この広い暖かいお心を国民は学ばなければならない。そして一番嬉しかったのは、大好きなEXILEが両陛下の前でダンスパフォーマを披露し、秋元康さん作詞の奉祝曲をATUSIさんとTAKAHIROさんがみごとに歌い上げてくれた事に感動した。
世代間を越えての祭典、心打たれ何か明るい未来を感じた。
ATUSIさんは10日も前から身を清め早寝早起きを心がけ、当日に備えた心意気に感銘し一段とまた、ファンになりました。

                 インテグレーター 真理攫取

金谷精神療法研究所


ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2009年10月29日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年10月) 

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。

心=精神

心即ち精神と呼ぶ。

心=神と言うことになる。

 昨年から始めた「ご縁の道心の旅」出雲大社を皮切りに、第20番まである神仏霊場を巡る旅を昨年は第一番から8番までお参りさせて頂きました。

思わぬ出会いとまったく知らなかった事を初めて知る、という事が得られた有意義な旅だっだ。

今年は第9番から始まり第16番までお参りさせて頂きました。

精神分析と言う心の勉強をしている我々に「心=神」であるならば何か共通なものがあるのではと試み始めた旅ですが、やはり想像以上の収穫が得られた。

昨年の事を振り返れば、色々な事が勉強出来た。

 10月は神無月といい、全国の神様が出雲に集まる。だから出雲だけは「神有月」だという。それでは何故全国から神様が集まってくるのかと言えば、火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)を生んで亡くなった母・伊弉冉尊(いざなみのみこと)に会いに年一度の里帰りして来るのだと聞かされたときすごく納得した事を覚えている。

神様であっても母を慕うのだと、人間にあっては当たり前であると感じた。又松前藩初代藩主・松平直政公の生母月照院が祀られている月照寺に行った時、そこには初代から9代迄歴代の藩主が祀られている中に、生母の墓が一番大きかった事に驚き、ここでも母への思慕の大きさに驚き感動した。

精神分析は色々な問題の根源は親に有り、分けても母親に大きく影響されるのだと学んでいる。それが神代の昔からあったのだと分かった時、普遍的無意識の存在をまざまざと見せられた。

この貴重な事を教えてくれたのは出雲の神仏であった。

9番目大山神神社奥宮から今回の旅のスタート、非常に良い天候に恵まれ道路も車も少なく快適に走行することが出来た。何か我々の目的を受け入れて頂いているような爽快な気分で向かうことが出来た。

最初の大山神神社は大山のふもとに有り少し高台に鎮座されており、坂を上がって行かなければならない。事前に下見をしてくれていた遠藤さんという方の情報により普通の靴よりは登山靴の方が安全だと言う事で準備をして出かけた。お蔭ですんなりと上り下りも出来た。気温℃9と少し寒いと言う感覚であったが、気を引き締めるには丁度いい環境だった。

今回の旅、神仏はさることながら行った人の表現から色々と勉強になる事があった。

参加者の一人が大山神神社に参拝中靴底が取れてしまった、その場では笑い話で終わったのだが、これがとても良い勉強で・・・・・

ラカンの分析は意味より形式でとらえる。靴底が取れた意味よりもそうなった後どうなったか?やわらかいウレタンのようなものだけになり、そこに「小石」がたくさんくっついて"歩きにくい"と言った。

この表現から分析では、大地=母と定義する。 「小石」がくっつく=「小石=恋しい」
「母が恋しくてくっつきたい」になる。

昨年の旅同様、やはり母への問題が関わってきた。ラカンの分析はこのように言葉で表現できないものは、体を使って行為・行動で表していると読み取る。

又、神社の事で一つ勉強した事は地の国の出雲にあって、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の伝説が多く見られる。第14番目の八重垣神社にお参りをした。何故この名が付いたのか。素戔嗚尊が八岐大蛇(やまたのおろち)に人身御供として差し出されようとした稲田姫命を八重垣を作りその中に姫を入れて守り、勇敢に八岐大蛇と戦い退治した。

そしてめでたく二人は夫婦になったことから以後、縁結びの神様として信仰を集めている。

男は女性を命かけて守る、それが男の中の男「日本男児」であると言う事の伝説である。

私がいつもこの欄を使って書いている・母とは?男とは?と言う事だが、出雲には伝説として有る。我々の行っている事・学んでいる事は間違いないと又確信を得た。

来年は締めの年、最終は17番から20番まで何を学ばせてもらえるか今から楽しみにしている。


   所長  真理攫取

金谷精神療法研究所


ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください


2009年10月 2日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年9月) 

以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

 テーマ 「 変 容 」

 精神分析を受けるとどうなるか?
「今の自分とは違う自分になれる。」 人は皆自分の事は良いと思っていないし好きでない。そう思っているが故に意識上では良く思われたい、よく見せようと無理をして苦しむ。
だから、自分を変えたい・変わりたいと強く望む。
分析で変える事が出来ると思い、足繁く通ってくる。
分析で人を変えることが出来るのか?答えは「出来る」である。
 しかし間違ってもらっては困る。
私〔分析者〕が変えるのではなくクライアント〔依頼人〕が、変容していくのを支援し、お手伝いするだけで、一切分析者の個性・価値観は表に出さない。
クライアントは自らの欠損に気付き、それを受け入れ、何故欠損してしまったのか養育史を遡りながら、その原因を知りそれを改善していく。
そこには長い歴史があり信じがたい真実がある。
わかっていても受け入れることが出来ない。
悩み苦しみがありそれを解決していくにもその原因が過去にあるという。
其れはそのまま信じる事は出来ない。
幼少期・幼児期に受けたものが大人になった今、それが原因で起こっている事など理解できない。
自分が変わりたいのにそんなに遡らなければならないのか、まったく繋がらない因果関係に困惑する。
だが人間は学習した事以外は出来ない。
不幸を学習すれば不幸を繰り返して行動しているだけなのである。
ならば、幸福を学習すれば幸福を繰り返すのではないか。
 悩みを解決し自ら変容する為には理論を信じ、自らの欠損を認め過去を捨て〔フロイトは、子供時代は無いといった〕勇気を持って新しい自分を改革していく。
古い自分と戦いながら新しい自分を取り入れ、新たな行動をしていく。
非常に根気が要る。何度も挫けそうになりながら"絶対諦めることなくやり抜いていけば必ず良い結果が生まれる。
 9月13日、日本が生んだスーパースター「イチロー選手」が、9年連続シーズン200安打のメジャー新記録を樹立した。108年前ウィーリー・キーラーが記録した8年連続を上回る新境地に立った。
この偉業の影に、我々が知る事のない並々ならぬ努力がある。
圧し掛かるプレッシャー、自ら選んだ道とはいえその重圧は一言では言い表す事はできないであろう。
だが、イチロー選手は我々と同じ人間で、特別な人ではない。何が違うのか?
自分を他者の目から何時も見ている。
試合が終わるとビデオルームに駆け込み、今の自分のホームを入念にテェックし厳しく評価した上で速やかに改善する。
今の自分が最高にすばらしく完璧だとは思っていない。
世界の頂上の立っても、尚且つ上を目指す。そこには冷静に自らを評価する力と速に改善できる力がよりすぐれている所が違う。
そこには《日々の努力》が生きている。今の自分が最高ではなく、常に反省と変容を繰り返す事により進歩し新たな自分を塗り替えている。
その結果として記録が塗り替わる。イチロー選手は記録を塗り替えようとしているのではなく自分を変えていくことに努力している。
それはプロ野球全体を変えていくことになるからである。
 分析はイチロー選手が独学でやっている事を理論で行っている。
今の自分は親によって作られた自分。
それを本当の自分に変えていくことが目的なのである。
周りとの戦い、自分自身との戦い、誰にも理解してもらう事の出来ない世界、
しかし唯一無二の人間を作るのではなく、誰もがイチローになれると言う事なのである。
精神分析は病んでいる人、異常者など何か問題がある人達が行く所だと思っている。
これは間違いである。
そういう人達も必要としているが、本来の目的は「自己改革」なのです。ユングは「自己実現」と表現した。これは宗教で言うならば「悟り」を得る事と同じなのである。
言うならば全ての人に必要だと言うことである。
私も20年前迷って大沢氏と出会って、自らを変えないと何も変らない、まともに生きていく事も出来ないと分かって学び始めた。その時ノートの表に書いた言葉が「自己革命」「self revolution」だった。
                   所長  真理攫取

金谷精神療法研究所


ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2009年8月26日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年8月) 

(以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

              テーマ『父=男とは?』

 何度となく父親とは?男とは?と・・・書いたことがあるが、最近頓に情け無い男が増えて
いる。以前にも述べたが、私自身も2歳のとき父が病死し、何も記憶の無い時に分かれている。その為に父親像・男性像がまったくと言っていいほど無かった。
幼少期から父がいないから母を守らなければならないと、周りの人達が会うたびに毎に絶対と言っても過言ではないくらい言われてきた。


しかし、守るとはどういう事か・男が何か分からない。

 ただ幼心にプレッシャーだけが圧し掛かる。親の思いや自分の考えとは別に、男性性が身について行かなかった。疑問に思っても教えてくれる人がいない。やろうと思ってもやり方が分からない。

 出来ない事が悔しくて、ただ自尊心を傷つけない為に「出来る」と言って上手く逃げたり、
うそをついてでも自分を守ってきた。

悪いのは人でよい事は自分。だんだん遊ぶ友がいなくなり、誰も相手にしてくれなくなった。
悩みながら成長していた頃、小学六年生の時だったが、男性の担任教師に出会った。

先生は、野球が好きでジャイアンツファン、そして男子生徒には男とは何か?と常に語っていた。まさに「男性とは」を求めていた私には先生の語る内容に興味津々であった。

その先生の信条は「陰でこそこそするな! うそをつくな! 悪いと分かれば正直に認め、 謝罪しろ! 説明はしても言い訳はするな! 喧嘩は道具を持つな! 喧嘩する時は必ず
1対1でしろ・集団でするな! 弱いものいじめは絶対にするな!」

そして先生の尊敬する人物は、故・連合艦隊司令長官の山本五十六という冷静沈着で思慮深く、決断力・判断力に優れ、部下に対しても厳しくもあり又優しさにも溢れた人だった。

先生は、「男の中の男」と何時も長官を絶賛していた。
その影響もあり、自分で山本長官の事を書いている本を全て読み、上映された映画も全部見て自分の目標とする男性像に作り上げた。しかし、これで男を知り男性像を作る事は思うほど簡単ではなかった。

自分を守る為や自尊心を保つ為に、責任転嫁したり平気でうそをついたり都合が悪くなると逃げ出してしまう。

全然自分の目標と違う状態だと言うことに気が付き、どうすれば・・・・・・・と思ってる時に

精神分析を知った。大沢先生との奇跡的出会いである。

自分が男として求めてたものが・漠然としてたものがこの出会いで一気に解消出来た。

大沢氏は頭脳明晰・語る言葉は的確に要領よく短く分かりやすい。

これだけだと冷たく味気ないが、その上に人間の心を良く知り思いやりのある暖かさも感じる。これだと思った。

男とは論理的思考性に置いて物事の真理を的確に捕らえ、正しく分析し自分の言葉で相手とコミュニケーションを取る。毅然とした態度で、明確な言葉で説得する。

私は疑問に思っていた事を全部ぶつけたが、それを見事にすべて臆す事無く答えられる揺ぎ無いその姿に「男」を見た。

 幼少期から悩み続けた「男」とは?自分なりには腕力があり喧嘩が強い・威嚇したり・強いと言う態度を示す事が男だとそう思い込んでいた。

いや、一般的にはこう考えている男性が多いだろう。

相手を強引にねじ伏せる、歯向かう者はすべて屈服させる。それが出来なければ我関せずとばかり無関心を決め込むか、他責的になり、逃げ回るかしか出来ない父親が増えている。

 当研究所に訪れるクライアントは女性が圧倒的に多い。子どもの心配、自分の将来等真剣に悩んでいるのに比べ、一方男性は訳の分からない何の根拠も無いポリシーなるもの一つで生きていて悩み苦しみは酒や仕事に逃げる。

逃げ切れないと思うと病気に逃げ込む。お母さん〔妻〕が真剣に悩んだうえ、探り当てた精神分析なのに、父親〔主人〕はまったく理解を示さず恐くなり「騙されている」と止めさせようと邪魔をする。

そんな中にも、勇気と知性を持った大人のご主人が、堂々と説明を求めに来られ、理解が
出来て、自分自身も分析を受ける必要性に気付き始められたご主人もおられる。

間違った男気を発揮し「そんな所に行くもんか、分析を受ける必要もない、聞く意味もない」と頑固に意地を張って取り付く島もない。

お母さん〔妻〕はどんどん勉強して男とは・父親とはが分かってくれば来るほど主人に嫌気がさしてくる。主人は見捨てられるのではないか、と不安を感じ余計に邪魔をしてくる。

最後には自分の無能さを棚に上げ、妻が変ってしまい夫婦の中が悪くなったのは、分析の所為だと矛先を向けてくる。

 真の男性は、間違った事には勇気を持って立ち向かう。自分の力が及ばないと分かれば、潔くそれを認め、相手のすばらしさを称え速やかに素直に相手に従う。そして学び取る。
自分が最高だと思ってしまえばそれ以上発展することはない。

 先日のゴルフ・サン・クロレラクラシックで、今期2勝目を挙げた石川遼君、彼の快挙もさることながら、大接戦を繰り広げた2位のブレンダン・ジョーンズは自分より年下で後輩の遼くんに真剣に、手を抜く事無く力いっぱい戦い抜き、自分が負けたと分かれば遼君を称える紳士的な態度に男らしいさを感じた。

 今は僅かなお金を奪うために簡単に人を殺す、家庭内暴力で本来守らなければならない
妻や子ども達に暴力を振るうとは、情け無いと嘆いてばかりいられない。

現実にこういう男を育てた両親がいる。真実の男性を学ぶ為には、真の男性性を持った父親がいなければならない。その真の男性性を持った配偶者を選ぶには、真の女性でなければならない。

その為には、産み育てていかなければならない母親が学習するのがベストである。
配偶者の選択のし方と真の男性を育てていく子育てを学習しなければならない。

                   所長  真理攫取

金谷精神療法研究所


ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2009年7月28日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年7月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

                 テーマ 『精神分析とは?』

  ホームページやタウンページを見て知り、問い合わせをしてこられる。

答えはいつも同じ「言葉で治療します。」と答える。しかし、漠然としていて理解に苦しむ。

 ちなみに日本では学校生活や日常生活の中で、精神分析と言うものにふれる事はまったく無い。それに比べて欧米では、サイコセラピーをほとんどの国民は知っている。

アメリカでは、大統領も問題があれば受ける。そして、受けた事を堂々と発表する。
では、言葉で治療するとはどういう事か説明をしたい。

人間は生まれた時は言葉を持っていない。認識力も無い。言葉は自らの中から出てくるものではなく、外界から摂取するものである。

問題は摂取するのは良いが悲しい事に摂取するそのものが「良いか?悪いか?」「必要か?そうでないか?」「正しいのか?間違っているのか?」という事を識別する力が備わっていない。その事が非劇を生み出す。

目の前のものをそのまま、聞いたものをそのまま内に取り入れてしまう。それがどんな形で自分の内に存在しているかも知らず。

悩みを持ってこられた時、よく事情を聞くと語られるのは意識上での事で有り、自分も分かっている。しかし、あくまでも状況説明だけで、何故こうなったのか、どうすればいいのかまったく分からない。

人間は生きてきたのは、幼少期から今日までの積み重ねである。そのどこかに原因が潜んでいる。それを語り合いながら見つけていく。

そこには巧妙に仕組まれた言語の世界がある。

最初に申し上げたが言葉は自分のものではない。そして、それを認識出来ない。上手く使う事も出来ない。

だが、人間の感覚機能は産まれた時と大人になった今も変らない。

大人になって嫌な事に出会えば避ける事も出来るし言い返すことも出来る。自らを納得させて収める事も出来る。それが出来るから傷つく事も少ない。

だが、子供時代はそうはいかない。言葉と状況が理解できないが故にこういうことが起きる。母親は子供の事が嫌いなはずは無い。大切に思わない事も絶対にない。

 子どもを育てていく中で母親は子どもに関わる事だけではなく、主人の事・家族の健康管理・自分自身の事と、外から見てる程楽ではない。

そこに分けの分からない子どもが色々要求して来る。それを重要な事、必要な事などと聞き分けて対応していく。

大人の常識から、子どもを後まわしにしなければならない時がある。その時十分に子どもに納得させる事をせず、あっちへいってなさい!今忙しいから!そんな事は後で!何をわけのわからない事言ってるの!と排除してしまう。

母親としては別にそんな悪い事をしたと言う自覚はない。しかしながら悲しい事にそう扱われると、子どもは「自分は嫌われているんだ」自分なんか要らないんだと感じてしまう。

 自分の心の内に「自分はいらない子、必要の無い子、嫌いな子」と言う言葉を刻み込んでしまう。

非常に辛く哀しい事なので、意識上に持ちこたえる事が出来ず、無意識の世界に送り込み安定をはかってしまう。

この無意識に送り込んだものは完全に消滅したわけでなく、いつも自分のそばで存在している。これが何かの切っ掛けがあれば意識の世界に飛び出してくる。

これが悩み苦しみとなって意識の世界に現れる。言わば知らない言語に苦しめられるのである。

意識して作った言語ではなく、子ども時代にそう感じてしまった事をその時の言葉で書き込んだのである。

大人になればより一層、言葉の意味が分かるので完全にそうだと決定付けてしまう。

フロイトはこれを事後性による意味づけと言った。子供時代に仕方なく作らされた言語を書き変えない限り、一生その言語に突き動かされていくのである。

時には、それが一生を左右する原因になっている事もある。

精神分析は悩み苦しみの原因になっている「言葉」を、夢分析を使いながら解明していく。

夢は確実に表現してくる。分析が行き届かなければ、分析されるまで何度も姿を変えて現れる。

 又、原因になるものは一貫して繰り返し表現する。最後は自分自身でその言葉に出会う。

その言葉と原因が分かれば解決する。一般には分析に来なければならない人は、おかしな人、病気の人、だと思っている人達がほとんどである。

それは大きな間違いである。悩みや苦しみを表現する人は、正常であるからこそ正直に表現するのである。

悩み苦しみなど感じない、感じててもそのまま放置している人の方が異常者だと申し上げたい。

常識や他人のわけの分からない言葉や先入観を捨てて、自らの心の内に目を向けると新たな自分に出会う事が出来る。

世の中にはインターネットに精神分析の悪口を書き込んでいる人がいるが、この人達は精神分析を受けたことが無い人か、都合が悪くなり逃げ出した人達である。

自信をもってそう言える。何故ならば自分が受けて今は、分析する側に立ち両方を味わった時、人間のすばらしさに出会い最高の感動を得たからである。今は幸せだからである。
所長  真理攫取

金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

参考:月刊精神分析09年05月号 特集 精神分析家をえらびますか?

2009年6月30日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年6月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)
  テーマ「法で裁けない罪」
 最近、精神科・心療内科から当研究所に来所される方が増えてきた。
医師に不信感を抱き苦しんだ果てに捜し求めて来る。医師がおかしいと気付かれる方は早くて一年、少なくとも3年はかかるようである。
電話帳とHPを見てだが、折角問い合わせてきても保険が利かない上に一回・一時間10000円もする。
どの様な治療をされるのか?の問いに「言葉で治療します」と言うと・・・・・・・・・益々分からなくなり、医師に不信感を抱き、猜疑心の固まりの様な状態である為に、治療契約が成立する方は数名にすぎない。
それでも、その難関を突破して、面談に漕ぎ着けた方には精神分析のすばらしさを理解してもらえる。
 今回その中のお一人、Tさんを紹介したいと思います。
 某市役所に勤めておられましたTさんが、TOPに不信感を抱き耐えられなくなって、苦しんだ挙句「うつ病」と診断され、精神的に追い込まれ登庁出来なくなってしまった。
方法が分からずしかたなく心療内科にて受診され、投薬中心の医師の対応に不信感を抱き、納得できず、当研究所を訪れた。
面談した所「うつ病」ではない。それどころか役所のやり方やTOPに対しての評価が正しく判断出来る。
そのやり方などに目を瞑りそれを押し切ってまで登庁しなければならないメリットは何もないと答えが出てしまい、役所には行きたくないと決めただけで、意味もなく登庁できないという出社拒否ではない。という事が分かった。
だから、見た目は元気だし到底「うつ病」には見えない。 故に医師は「怠けている」と思い込んで治療にあたっている。
 Tさんにとっては、心外であり事実を説明しようと思っても10分間診療では何も伝える事が出来ない。無理してまとめて省略して伝えたら怠けて・行きたくない=言い訳・にしか取らない。
でも、そんな所にも診療に行かなければならないのは「休職」と言う制度を利用して回復しなければならないからである。
それには「診断書」が不可欠だからである。ある意味そんな所に通院しなければならない方が、うつ病になりそうである。
原因も分からない。治療は、投薬だし、気持ちは理解してくれない、行く意味がない・・・と言えるのは正常であると思う。
 それよりも役所に行けなくなった事には、必ず理由・原因が有る。その原因が分かれば治る。実はその原因は自分の考えられる範囲には無い。意識の世界には切っ掛けはあっても原因は無い。自分には考えも及ばない所にある。
この様な状態に陥る人は頭もいいし仕事もバリバリしていた人で自信がある人なのである。
それ故に自分で「何でこうなってしまったのか?」と問いかけても分からない。
自らの力に不信感を抱き落ち込むのである。そこに自分がまったく知らない「無意識」の世界が有る。
見えない世界に答えがある。そうはいっても俄には信じることは出来ない。当然の如く医師にこの事が通じる訳も無く、一笑に付されて終わりである。
家族も友人も同僚達も真に理解出来ない為、ただ単に励ますだけで本当の手助けは出来ない。
医師もダメ、家族友人同僚も・誰も分かってくれないと思い込み孤立無援になり、最悪「命を絶つ」と言うことになる。
クライアントのTさんは、病院は診断書をもらう所、心は分析でと、割り切って戦うと決められた。
それでも、分かっているものの病院に行くのは憂鬱で、役所に診断書が必要になる為仕方なく通院すると言う状態である。
 ある日、医師からショウトケアに参加するようにと半ば強制的に言われた。逆らうわけにも行かず無理に参加したが何の利益にもならず余計失望してしまった。
今回お話したいのは、Tさんが体験したこのショウトケアでの出来事なのである。
ショウトケアに参加し始めて1年程度になる。2・3週間に一度の割合で・・・途中2ヶ月ほどブランクあったりと、そう真剣には参加していなかったが、しばらくぶりに参加してみると参加メンバーも随分と変り大半が30代で、いつの間にかTさんは最年長になってしまっていた。
この出来事が起こったのは、いつものように10人ほどで本の輪読の後「先週の振り返り」と言って、各々が立てた目標の達成具合やそれ以外の出来事などを簡単に発表していくコーナーの時間だった。
その中で必ず参加している30半ばの男性の事だが、彼は薬のせいか・・話し方もゆっくりしていて搾り出すようなたどたどしい言葉で「先週は・・・・・・ストレス・・・の・・・かなりストレスの・・・・かかる・・・・ことがあり・・・まして」と話すのに躊躇しながらも何とか話を続けた。
彼は、職場から障害年金を申請したらどうかと勧められた。それには最初に診察を受けた病院の診断書が必要になり、4年ぶりにその病院・心療内科へ再度訪れた。
(過去、2・3度通ったが医師と心理士が2週間ごとに交互に診察するシステムでその診療方針が合わず辞めた所である。)
 再診察を始めるやいなや、いきなり医師から「あなたの精神年齢は低すぎる!」と叱られ、彼は驚きと同時に怒りすら感じた・・・が診断書を出してもらう手前、頭を下げて誤った。
取り合えず、診察は進められていき、最後に彼は医師に尋ねた「この頃疲れやすいんですが・・」と言うと、医師は腕時計を指差し激しく怒鳴りつけた。「それは現在かかっている先生の治療が悪いからだ!もう5分経っているのですよ!待っている人の事を考えないのか!」と・・・・
彼はその時の事を話しながら唇は小刻みに振動、声は震えていた・・・・・医師の胸倉をつかみたい心境だったと言う。
「ぼくのこと・・・を・・・2・3度・・・・しか診察・・・しないで・・・、こういう病気だと・・・・・言うことを・・・・知って・・・いるくせ・・・・・に・・・・・」・・・・・・
かれの憤りの激しさが他のメンバーにも伝わった。許せない彼は保健所へ訴えたが「指導します」と回答を得てひとまず納めた。
が、「でも眠れず何度も泣いて・・・」「お金は要らないんです。・・・ただあの医師・・・に刑事罰・・・を与えたい・・・どうしようかと・・・」「訴訟をした方がいいのか・・・・忘れた方がいいのか・・・迷っている」と彼は言った。
この話を聞いていた心理士は、わざと知らんふりをしうつむいていた。
ショウトケアの終わりに感想を述べるコーナーで彼は「・・・・・親身になって聞いて・・・・・・くれて・・あり・・・がとう・・・ござ・・・・・・・・・・・・・・・・」と声を詰まらせ最後には言葉にならなかった。
 こうして「心療内科」の医師達は人の一生を破滅させて行くのだと言っても過言ではない。
この話をTさんから聞いて、私は精神分析をしていて良かったと、今本当に思った。
精神分析は「言葉で治療する」これは言葉で人を生かしていくと言うことである。
心療内科は逆に「言葉で人を殺し薬で治療してるのだ」と。これは法律では裁けない。これほどひどい状態でありながらどうすることも出来ないのが現状なのだ。
厚生省も法律もこれを裁く事は出来ない。日本には監視するシステムは無い。それを良い事に自らの主観を元に治療はやりたいほうだいと言われても仕方ない。我々が指摘しても聞く耳を持たぬ。反省もしない。あらためようともしない。我々に聞いてくる謙虚さも無い。これは天下の大罪である。。
Tさんは「かれはよく自殺しなかったなあ・・」と思いました。と言われた、同じ状況にあり、彼の思いが本当に分かるのはTさんなんだと私は感じました。
精神を治療する為には知識・理論が必要である事はもちろん《人の痛みが分かる人》でなければならない。それには医師も最低5年間の教育分析を受け精神とは何かと言う事を知る必要があると強く訴えたい。!!
所長  真理攫取

金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

参考:月刊精神分析09年05月号 特集 精神分析家をえらびますか?

2009年5月27日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年5月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)
  テーマ「一輪車」   
 当研究所は「育てなおし」の理論で子育てを修正して頂いています。
育てなおしは、子供を育てなおす事はもちろんの事、「母親の育てなおし」が、本当の主旨です。
 理論どおり育てれば、”どうなるだろうか?”と思っていたが、ある姉妹を持つお母さんと出会えた。
その三女・Kちゃんが、胎教から理論どおり育ててくれました。紆余曲折ありましたが、概ね理論どおりに育ちました。
今回お母さんから、Kちゃんが小学校2年生になった、その春休みに「一輪車」に挑戦した事を、自らの心境と共にまとめた手記をみせて頂きました。
 Kちゃんは、今年の書初めに『新しいことに、いっぱいチャレンジするよ』と書きました。
その言葉通り『一輪車』にチャレンジしたのです。
 Kちゃんは「春休み中に一輪車に乗れる様になるぞ!」と宣言
まず、一輪車の椅子に乗る事から初めなければならない。
お母さんは、「手すりにつかまってやれば」とアドバイス。
全面支援で、椅子に座れた。が、その瞬間クルンっと一輪車は吹っ飛んでしまう。(+o+)
それも補助をしているお母さんの足に当たる。〔内心痛くてガマンするが、腹が立っている<`ヘ´>〕
お母さんは、「昔の私ならもうこの時点で付き合っていなかった」と・・・・・・・・・・
とにかく、前に進む事よりもバランスよく座る事に集中した。
お母さんは、Kちゃん一人で無理なので、タイヤを足で止めてKちゃんを引っ張りあげるようにした。
・・・・心中は、日焼けは困るし疲れるぅー・・・・と思っていた。
ふと、真ん中のお姉ちゃんのTちゃんの事を思い出した。年中の時にスイスイ乗っていたなあ。
Tちゃんの事を告げたが、まったく反応せず、関係ないとばかり一輪車に集中!
Kちゃんは、人は人・自分には関係ないと分ける事が出来る、その強さに感動する。

 しかし、やってもやっても乗れない、いらだちをお母さんにぶつける「ママのやり方が悪いから」
「ママがこうしてくれないから」最後は「ママが全部悪い」と丸投げしてくる。
お母さんも腹が立って・・・勝手にしろ!と放り出したくなる気持ちをなんとか抑えて・・・・・・
・・・・・乗れなくて辛いんだ。悔しさをこういう形でしか表現出来ないんだ。・・・・・・と理解し受け止めてやろうと決める。
何とか手すりにつかまりながら前に進む事が出来るようになった。が、クルンっと一輪車が飛んでしまう。
タイヤがお母さんに当たってしまうと「あっごめん」とあやまるKちゃんに、最初にキレなかって良かった・・・・
お母さんはホッとする。
少しの時間でもあれば練習し、空中乗りが出来るようになったその姿を見た時”やる気”を感じた。
 Tお姉さんに色々なワザを見せてもらう。バックでスイスイ動くその姿を憧れ目線で見るKちゃん、Tちゃんの様になろうとKちゃんとお母さんは誓う。
その後手すりにつかまりながら前に進む事が出来る様になった。Tちゃんの何かを学んだのか、雨が降っても関係なく練習に励むKちゃん、お母さんも濡れながら付き合う。
 Tちゃんの時はこんなに付き合わなかった。何もしてあげてないのにあんなに上手に乗れている。
申し訳なさと反省で落ち込む。
手すりにつかまりながら、何とか行ける様になったがここからが大変だった。今度はお母さんを手すり代わりにするから手を貸してくれと言いだした。手すり代わりになると言う事は、手すりと同様にしなければならない。
 手すりはある程度の長さがあるが人間はいわば永遠なので、Kちゃんが動く限りずーっと一緒に歩かなければいけないのである。その上、上手く乗れるように補助もしなければならない。
案の定「ママはなんで人の前へ前へ行こうとするの」とキレまくる。
手すりはどこへやら。お母さんの手ばかり。母は支えてあげようと思っているのに上手く行かず、Kちゃんのバランスを崩させてしまう。そうしていると今度は、「何で後ろに後ろにいるの!」と怒られる。
Kちゃんは「こけそうになったら受け止められる位置にいろ!」・・・・・・・・・口では簡単に言うが、実際はとても難しい。
 ある時「一瞬だけ乗れたんだ!」と報告に来た。お母さんは、ひょっとしたら乗れるのではと言う予感がした。
ふっとKちゃんが言ってた言葉を思い出した。「春休み中に・・・・・・」と宣言してた事を。
Kちゃんの望みを・・・叶えてやろうと本気になった。
何度も自分が転びそうになったら、つかめる位置にいてくれと頼まれる。これが非常に難しい。
前に行き過ぎてもダメ、後ろにいても遅れてダメ、近づき過ぎるとぶつかり、離れすぎると倒れる。
お母さんは、子供と「一致」しなければ乗れないんだと悟った。
 その苦労の甲斐があって、ある日Kちゃんが「乗れた!」「ヤッタァー!」と。 大喜びで「見て、見て~!」の連発!一輪車が」楽しくて楽しくてしかたがない。がまだ終わらない。
「Kちゃんが乗るとこみてーなぁ~」と得意げに言う。乗れたと思い目を逸らしたら、「ママ見てなかったやろ!」
と怒られる。次にはKちゃんが乗ってる所を後ろから「見てるよ」といってくれと言う。
 お母さんはあまりにも嬉しくて「見てるよ」と共に「すごい上手、かっこいい、乗れてる乗れてる」と言うと・・・・・
「見てるよだけでいいのに、余計な事を言われるとうるさくてこけそうになる」と怒られた。
 又ある日、Kちゃんが帰って来て嬉しい言葉を言ってくれたおばあちゃんがいたと言う。
その老婆は「ここまで乗れる様になるにはすごく大変だったろうね。上手だね。頑張ったねエ」と言って通り過ぎたらしい。この言葉が自信になった様である。
一輪車でもっと遠くまで行こうと・・・・お母さんと二人で旅気分で行った。その余裕ぶりにさらに成長を感じた。
 この手記を読みながら、胎教から育てる事の大変さ、その日々迷いながら進んできた母の苦労が走馬灯に様に蘇ってきた。
この一輪車で学んだ事の一番は、子供が目的を言葉にする。
それが出来れば母はその言葉を信じ、共に目的に向かって全面支援をする。ただ言葉で頑張れと言うだけではダメである。どうすれば出来るようになるかを考える。子供がぶつけてくる言葉を全部受け止めてやる。焦らせない、あきらめない、母の思い通りにしない、程よい距離を保ちながら子供について行く。
子供が自信を持って何事も出来るように成るのは、母親の「全面支援」である事が立証された出来事である。
Kちゃんに「よく頑張りました」と同時に、お母さんのすばらしい子育てに「ご苦労様」と言いたい。

所長  真理攫取

金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2009年4月30日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年4月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)
〔テーマ「不登校と育てなおし」〕
 新学期が始まった。
私のクライアントの子供さんは、登校拒否ぎみで母親と共に登校している。しかし、母親にベッタリしているわけではない。
学校に行けば普通に行動している。ただ、一方的に押し付けられるとあまり進んではやらない。
でも、自分が気に入った事であるならば、一生懸命やる。
それが教師にすれば、わがままに見える。時には強引にやらせようとして泣かせてしまう。
その上、先生は母親に「これでいいのですか?私は子供さんの将来のことを考えると心配です。」と言う。
教育とは、一方的に押し付けるものであろうか?個性はどうして育てていこうとしているのか?
我々には分からない。本当に学校に大切な子供を預けて良いのか?とさえ思う。
 学校は集団生活を学ばなければいけない。学校はその訓練の場と大義名分をかかげ、その実態は皆で同じ事を同じ様に出来る事を目的としてやらせる。
やりたくないとか、出来ないとか言う個人の能力や思いは完全無視。
同じ様に出来なかったり、皆より遅くて遅れるような子は、あたかも障害者の様な扱いをされる。
先生にそれを差別じゃないのかと指摘すると「私は、全員が同じ様に出来るような指導をしているのです。」と。
其れは自分が、「すばらしい先生ですね。」と良い評価を得たいが為にやってるように思える。

 私達は、不登校児の為には母親と共に登校させるという方法をとっている。
事実この方法を行ってみて、よく分かった事は、明らかに障害者と分かる子供は別として、個々に能力もありながら、少しついていけない・性格が内気で消極的な子供を、良い方向に引き上げていく教育方法を学校は持っていないという事実である。
文科省が作ったカリキュラムに基づき、施行しているが、ほとんど現場の教師の主観で対応しているように思う。
だから、自らの私見を語ってしまうのである。
 当研究所では、不登校になれば「学校に行かない」という行動で何かを訴えているのだと受け取る。
ただ単に、学校に行けるようにするだけの目的だけでは行動しない。
学校に行けなくなった原因を、母子関係・家庭環境・親〔祖父母も含め〕のキャラクターなどを分析し、それらが何らかの影響を与えてないか?
学校に行けない。すなわち社会に出て行く事が困難であると言う視点でとらえ、その子の一生の問題と考えてそこに修正をかけるようにしていく。
単なる「行きたくない。」等と言うわがままな理由ではない。本人も分からないのである。
説明のしようがない難しいことなのである。
外部から見ると、意気地が無い・情け無い・怠け者のように見える。
周囲や教師達は、多分この様に見えてる。
だから、本人が「行く」と言うまで待ってほしいと親がお願いしても、熱血先生は朝早く突然迎えに来たりする。
そのことは先生として良い教師と思われるかもしれませんが、子供側にとって・・・親が頼んで来させたのだと思い、先生も親も信用しなくなるという事などは先生側は気付きもしない。
そして子供は、ますます引きこもってしまうという最悪の事態になってしまう。
又、教師は「君はやれば出来るのだ!」等と叱咤激励をしたつもりだろうが、子供はこう思ってしまう。「やれば出来るのに、出来ないのは、ダメな人間なんだ。」と無力感を感じて、落ち込み、何もしなくなる。
唯一自信のあるゲーム、なら出来る体験を持っているから、ゲームのみに打ち込む。
私達はいつも教師に言う。「何かしてくれとはお願いしない。お願いだからじゃまだけはしないでほしい!こちらが何をしているのか説明は都度しますから。」と。
こう言っても、一ヶ月と待たずよけいな親切をしてくれる。
本当の親切は、無理やり学校に来させようとはしないでその子のペースに合わせて、ゆっくり集団の中に入っていけるように見守り支援していく事でしょう。
何故?子供のペースに合わさなければならないのか?
不登校になってしまうのは、
まず主体性を奪われているから。
自主性を育ててもらっていないから。
そしてこれが上手く使えないから
「自我」アイデンティティーが脆弱になり、自ら動くという初歩の行動が出来なくなっているのである。
 朝起きて学校に行くという簡単な事が出来ない。これには「育てなおし」しか方法はない。
そしてそれを母親と共にやっていく事が一番なのである。しかし、これには問題がある。
ずっと母親がそばにいて行動するため、他人は甘えてる・たよりない子供・どう見ても自立させている様には見えない。
母親は信じて行動しているが、どうしても学校や周りの人たちはこの行動だけをみておかしいとか言ってくる。
子供は、どんどん元気になって行くが、積極的に学校へ行く方向にはならない。逆に「行かない」と決めても母親はそれに従ってくれるから堂々と休む。そこで母親はもっと辛い立場に立つ。
積極的には学校に行ってくれない子供を先生は障害者のように扱う。周りは共感してくれない。
孤立無援の状態でやっていかなくてはならない。
でもなんとか学校に行って欲しいという願いから頑張るのだが、周りの目に負けてしまう事もある。
 この方法は,見た目は悪いように見えるが、実は自分の思ったとおり出来て、自分の要求が自由に出せて、自由な行動が出来ることにより、主体性・自主性・自我が育って行き、いつか学校に行くと言う力も出てくると言うことなのです。
人間は、好きな事ならどんなに難しい事でもやっていく、嫌な事はどんな小さな事でもやりたくない。やる気を育てるには、どちらをすれば良いかおのずと分かる。
 文科省は、学校の授業時間を増やしたが、ますます学校が嫌になる。時間を増やすのではなく、何故授業内容を興味引く面白い内容にしようとは思わないのか。
それは、上に立ってる人達が受験地獄を味わってきて、それが当たり前だとマヒしてしまってるから。時間を増すことぐらい平気なのであろう。この付けが悪く回ってこない事を祈るだけである。

所長  真理攫取

金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2009年3月27日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年3月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

〔テーマ 『欲望』 〕 3/25   

人間には欲望がある。
お金が欲しい『金銭欲』。人の上に立ち、偉い人と思われたい『名誉欲』。
男が女が欲しい『性欲』。好きな食べ物を腹いっぱい食べたい『食欲』。
洋服・バッグ・靴等の物が欲しい『物欲』。などイメージ的には、あまり良いイメージではない。
こういった物を捨てて、禁欲生活をしている人をすばらしい人間だと言う・・・・何か欲望の受け取り方を間違えているのではないか?
人間が金銭欲・物欲・食欲を捨て何も求めないとしたら、世界はたちまち止まってしまう。
欲を禁じているイメージは、仏門に帰依する僧侶であろう。
しかし、浄土真宗の開祖・親鸞は、唯一・恵信尼という妻がいた。そして、肉食を認めた。
禁欲など人間の構造から見ても無理な事である。
ラカンは人間とは何か?の問いに『欲望を語る主体である』と言っている。
 人間は、生まれながらにして生きていく欲望を持っている。それを養育者ならびに養育的環境において、曲げられてしまっている。
いつしか、欲望はいけないものだ!だめなものだ!と刷り込まれていて触れてはいけない・口にしてもいけないと思い込んでいる。
私自身も精神分析を学び自ら分析を受けたことにより、欲望を語らなければ人間らしく生きていけない事に気付いたのである。
生きていく目的は、こうしたい/こうなりたい等と欲望を語りそれを自らが達成していく為に努力する。
それなのにどんどん稼ごうと強欲になり、我を忘れ人への気配り等も忘れ去り、金銭欲・物欲・名誉欲に走ってしまう。それがいけないと言っている。
自分自身は理想としている行き方がある。
『縦入乳虎隊勿践名利路』と言う言葉を残され、これを実践された良寛さんの生き方である。
「縦〔たと〕へ乳虎〔にゅうこ〕の隊〔むれ〕に入るとも、
           名利〔みょうり〕の路〔みち〕を践〔ふむ〕こと勿〔なか〕れ」
~名誉を得るくらいなら、子連れの虎のむれのなかに、身を投じて死ぬ方がよい~
名声・名誉を完全に捨てた言葉である。
良寛さんは、まさにこの言葉通りに行動した人である。
こう言う逸話がある。
ある日、良寛さんの住んでる五合庵に長岡藩主が直接訪ねて来て「寺院も建てて一生面倒を見る」と誘いに来た。しかし、良寛さんは一言も喋らず、静かに筆を取り一枚の紙に「焚くほどは、風がもて来る落ち葉かな」と書いて渡した。
人間はわざわざ求めなくとも生きて行けるだけの物は、自然に手に入るものである。何も欲張らなくても生きて行ける。
受け入れていれば何不自由ない名誉ある地位を得られ、一生安泰の人生が手に入ったであろうに、それを断り自分の思い通りの人生を選んだのである。
まだある、良寛さんが住んでいた五合庵は隙間だらけの雨梅雨がどうにか凌げるほどのボロ家だった。その状況がよく伝わってくる、こんな話もある。
ある日、五合庵に盗人が入った。しかし、見渡す限り盗る物がない。そこで仕方なく布団を一枚盗んでいった。と言う。
本当に良寛さんは何も持たず何も置いて無かった。「嚢中三升米・炉辺一束薪/のうちゅう、さんじょうの米、ろへん、いっそくのたきぎ」
~袋の中には約5kgの米、ろばたにはひとたばのたきぎがあれば生活できる。
欲張らず、生きて行ける最小限度の必需品で暮らしていたのである。

 良寛さんは、人間は欲に絡み取られ、本当の生き方を見失ってしまう事を知っていた。その過剰なまでの欲を捨て、真の欲望のまま生きていけば楽に生きて行けると、身を持って示してくれたのです。
  昨今の世の中は、たかが数万円程度のお金を盗む為に殺人まで犯す人がいる。
我々の人生を託している国会議員達も何をしているのか。金銭欲と名誉欲のかたまりを如実に現し、税金で開いている国会の審議の場で、揚げ足の取り合いをしているに過ぎないのに、真実を明らかにでもした様な錯覚をして得意げになっている議員たちよ!
国民は困っている・苦しんでいる。無欲になり国を安泰に導いてくれ!
国を豊かにすると言う欲望を持った議員さんの出現を祈りたい。

所長  真理攫取

金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2009年2月28日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年2月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

〔テーマ 心と身体〕   
 人は何故病気になるのだろう?
病気かもしれない。病気であると分かる前に必ず前兆がある。
頭痛・腹痛・めまい・倦怠感・発熱・下痢・嘔吐・咳などで表現する。
全て器官疾患から出てくるサインで、その症状から病気の原因を見つけ治療する。
 しかし、疑問が浮かび上がる。病は一つだけではない。皮膚・内臓・頭部などあらゆるところに病はある。
内臓だけ見ても五臓もある。肝臓・心臓・脾臓・肺臓 全部を病むと言うことはありえない。
その中のどれかを選び、その部分だけで表現する。
例えば、心臓を選んだとする。それは何をもって心臓にしたのか?
それも心臓の病といっても狭心症・心筋梗塞賞・冠状動脈硬化症・心臓弁膜症・心臓喘息・心筋炎・心内膜炎・心不全・肺性心・心臓神経症・心臓肥大などがある。
この中のどれかをどう選んだのか?
ある日突然体調を崩し病院に行ったら、貴方は「狭心症です。」と告げられる。自分では選んだ覚えも決めた覚えもない。
 では何故この病気になったのか?
医者はここが悪いと言う事は言えても、何故この病気になったのかは言ってはくれない。
言えないのである。それは解らないからである。働きすぎとかストレスが溜まった結果として病気になった。じゃ、何故心臓で狭心症なのか?答えは無い!
では病気は何を訴えようとしてるのか?これには意味があるのか。
精神分析では、これに対する答えは有る。
医学とはまったく相容れないもので、理解できない人もいるだろう。
 まず、フロイトの話からいけば、彼は、診療所で働いていた時に不思議な光景を目にした。訪れる患者の中に、明らかに苦痛を訴えながら診療に来る。
しかし検査をしてもどこも悪くない。この不思議な現象に目をつけ、友人の医師にその患者を紹介してもらい研究をした。
その結果、解った事は人間は何か大きな出来事に出会うと、まず感覚で感じ、それを言葉にして現そうとするが、これが言葉にならず表現できなかった時、その感じたものは神経を通して脳に伝達する。
しかし、そこにデーターが無いと、感じた物に一番近い身体の部分に伝える。
そこに表現されたものが病気である。昔から「病は気から」と人間は知っていたのである。
フロイトはこれを「転換ヒステリー」と言う理論を打ちたて世に出した。これは心理的なものを身体に転換し表現するという事である。
 しかし、これはオーストリアの医学界に衝撃を与えたが、誰一人理解する者はおらず、医学界の異端児として扱われ、「ヒステリー」は子宮の叫びと言い女性特有のものであり、男性にヒステリーとは・・と誰も取り合ってくれず一人医師界を去ることになった。
これは百年前の出来であるが、今、尚医学界では認めてもらえない。
脳を出発点として考え、現れた病をどうして治療するかと研究している彼らは、後手にまわっている、それ故に何も無い時にそれを治療する事は出来ない。
検査しても何も無ければ放置してしまう、と今度は本当に器官疾患となり完全に病気として表に出てくる。
 例えば分析は、胃が痛いと訴えた場合一応は病院に行って検査を受けていただく。そこで何も異常がなければ分析の分野である。
分析は、胃という臓器は素直な臓器であり、入ってきたものは自分で選択して排除する事は出来ず、なんでも一生懸命に熟す。
それが異常をきたすと言うことは「NO」といえず何でも「ハイハイ」と言って無理をしていると分析をする。結果「胃炎」と診断された。やはり「言えん」なのである。
臓器それぞれに役目があり、忠実に自らの役割をこなしている。その役割と心理的なものとが一致する事により、そのものを病んで表現し訴えるのである。
分析はそれを心の叫びと捕え、それを言語に変換する事により、表現している事がわかる。分かれば治る。我々は医者ではないので「病気を治す」とは言えない。
 我々はそれを「元に戻す」と言います。
「ガン」等も最初から有ったものはない。伝染病でもない。自ら作ったものである。自分で作ったものであるならば、自分で治す事が出来るはずである。
人間は自然治癒力が備わっている。その原因を知り素直に言葉にして表現していくならば自然に消えてもとの姿になるのである。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取


ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

2009年1月26日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年1月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

〔テーマ 言葉の力〕

人間は言葉を持っていない。理解できない状態で産み出される。
出産直後、自分の周りでは言葉が飛び交っている。「わーかわいいね」「お母さんに似てるかな」「いや、目元なんかお父さんそっくり!」等と勝手にしゃべっている。
しかし、語られている中心は赤ちゃんである自分なのに、そこには当の自分は参加していない。いや出来ない。人間は自分の事は他人が語り自分では語れないと言う証左である。
本人には、周りで語る言葉はただの「音」で、物と物がぶつかる音と同じなのである。
音と言葉が区別できなかったのが、ある時期が来ると雑音と言葉が違う事が分かってくる。繰り返し語りがかけてくる母の口から発せられるものが、規則を帯びた音である事に気付き、その規則性を模倣し、自らも発する。自分が聞こえたように「まーま」と発する。

それを聞いた母は「ママ」と言ったように聞こえしゃべったと思う。それが嬉しくて感喜の表現をする。赤ちゃんはその母の表現が何か分からないが、何か興味を示し、その表現がまた見たくて繰り返し発する。
その相互性により「言葉」を覚えていく。人間は母の模倣から認識能力の発達へ、母からだけはでなく、それ以外のものからも言葉を学ぶようになる。
そして喋れる様になれば、自らの中から湧き上がって来る思いを言葉にし始める。
しかし、そこには養育者や周りの人間に取って都合の悪い言葉だと、自分が良いと思っても却下されてしまう。その却下された意味が分からず、言葉を恐れ語る事をやめてしまう。
言葉は、他者から学ぶ事が身に付いてしまっている為、他者の語り方によってそれを学んでしまう。
例えば、両親が無口で語らなければ子供は静かで語らない子供になり、乱暴な言葉遣いをすれば、子供の言葉は汚くなる。また、間違った言葉を教えれば間違った言葉遣いになり、いい加減な言葉遣いをされれば、はっきりと明確な言葉遣いが出来なくなる。

精神分析を学び、インテグレーターになった事でよかったと思えることは、的確に、より短く人に伝える事が、出来るようになったことである。
「私は常識に捕われません」と言い切ったら
「それは貴方、いけないのではありませんか?」と必ず返ってくる。
「何故いけないのですか?」と問うと
「皆んなそうしているではありませんか」と返ってくる。
「皆んなとは、どなたの事ですか?どなたと同じ様にされているのですか?」と
問いかけた時点から「それは屁理屈でしょ」と怒る。
「へー、私が言っているのは屁理屈ですか?屁理屈とはおならの理屈と書くんですよね。」
相手は余計に意味が分からなくなり、
しかたなく「では常識とは何でしょうか?誰が作ったものですか?」と質問したら、
困惑し怒り出してその場から逃げ出してしまう。
私が言っているのが屁理屈ではなく、何処にどうしてあるのかわからない常識の方が屁のようではないのか。
我が恩師は、最初に私にこう言った。「言葉で説明出来ないものは何もありません。全て言葉で説明で来ます。」と。その通りで、20年間付き合っていますが私の質問に一度も答えてくれなかった事は無い。何時も明確な言語で納得いくように。
自らに問いかけて答えが出ないまま苦しんでいる人達が、その状態を「病」と錯覚して悩んでいる。私のクライアントとして來所される人達はこうした人達ばかりです。

言葉の持つ力で痛めつけられ、完膚なきまでに壊されてしまっている。
その言葉の持つ力を間違って使ったが故に、病んでしまっているならばその力を有効的に使えば良くなる。というのが、分析の考えである。
まさにその通りで、母親が正しい言語を使えば5歳にして的確な言語を使う。これがいつも感動する。大人が恥ずかしくなるほどである。
そこで言語表現のすばらしい例をあげてみたい。
一つは以前にここで述べたと思うが「石川遼君」である。過日スマップの番組に出演しメンバー5人の質問に17才の高校生とは思えないしっかりとしたコメントをし、スマップ全員が感心していた。
遼君の目標はタイガーウッズで、世界を相手にゴルフがしたいと言う夢をしっかり語っていた。中でも感心したのは彼は予選落ちをよくする。でもその事を聞かれた時、さぞがっかりして落ち込むのかと思いきやそうではなく、それが自分の実力だから当たりまえだと言う。

優勝は出来すぎで、それが当たり前だと思ってしまうと勘違いして傲慢になってしまうからと。すばらしい人間である。
もう一つは1月20日・アメリカの第44代大統領に就任したバラク・フセイン・オバマ氏である。黒人と言う人種の壁を乗り越えて、大統領にまで上り詰めた「アメリカンドリーム」を体現した。選挙運動では多くの名演説を繰り広げながら勝利した。その演説は故ケネディ大統領の再来かと言われたほどである。

彼は言う。「YES、We Can!」我々は出来る!
出来たらいいなあ・出来るかな?ではない。確定語「出来る」である。
言葉は人を殺してしまう事がある。しかし、言葉は人を生かし人を幸せにも出来るのである。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取


ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください

About 金谷氏今月のメッセージ

ブログ「宣照真理のセラピー日記(ラカン精神科学研究所)」のカテゴリ「金谷氏今月のメッセージ」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリは福岡出張のお知らせです。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。