分析家の独り言 328 (娘の引越しNo.2:娘の出立)
7日(日)、午前中京都での仕事を終え、レンタカー(ライトバン)を借りて、娘の残りの荷物を運んだ。
久しぶりの運転に少し緊張しながら高速道路を走り、途中ご飯を食べて、4時間かかった。
到着に合わせて、ガス器具や洗濯機を業者に取り付けてもらい、荷物を運び込んだだけの部屋を娘と二人片付けた。
新築の物件で、何もか新しく気持ちがいい。
娘の城なので、「トイレ使っていいい?」などとトイレやお風呂を使うのにも気を使う私がいた。
少し変な気分だった。
夜になって、足りない家電(掃除機や電気ポット)や雑貨(洗濯ざおなど)を一緒に買いにも回った。
私は翌日8日(月)午後から大阪で仕事があるため、朝7時前に向こうを出て、10時には家に戻った。
娘も学校へ行く用事があると、また一緒に車に乗って帰って来た。
部屋を借りるための諸費用、家電製品(一部は娘が買った)、2度の引越し費用、雑貨の一部は私が出した。
3月半ばから働き出すが、働いたその日から給料が出るわけはないため、給料が出るまでのお金のことを娘に聞いた。
もちろん言われた額を出すつもりで。
ところが、「以前におばあちゃん達からまとまったお金をもらったのがあるから、それで何とかする」という答えだった。
「もし足りなくなったら、振り込んで欲しい」と娘は言った。
私は「わかった、じゃあ足りなかったらいつでも言って、振り込むから」と言った。
私は娘がいくらいると言ってくるだろうと思った。
ところが自分でやりくりしてやっていこうと思っているようだった。
それを「いや、出してあげるから」と私が言ってしまうと、せっかくの娘の自分でやろうという気持ちを台なしにしてしまう。
余計なことはしない、言われた事だけ言われた通りにした。
そして娘は、今朝私が電話セラピーをしている間に自分の新しい家に出かけて行った。
私は仕事の合間に私の部屋に置いてある娘の服を片付けかけた。
ガランとした娘の部屋、「もうここであの子が暮らすことはないんだ」と思った。
買い物に行って、娘の好きなものを考えながら献立を考えることもない。
この娘の食事さえ作らなくてよくなった。
ほぼ毎朝4時半に起きて、娘のお弁当・朝食を準備することもない。
廊下にあふれ出した娘の荷物にけつまずくこともない。
私は娘が出ていけば、ホッとするだろうと思っていた。
ところが自分でも意外なほど何とも言えない寂しさがある。
晩ご飯の買い物をしながら、「あの子にとって私はいい母親だっただろうか」と思ったら涙がこぼれそうになった。
もっとしてやればよかった事、もっと声をかけてやれた事はなかったか、いろんな想いが娘がいなくなってから浮かぶ。
人は無くしてから、その存在の大きさや大切さに気付くのかもしれない。
テレビドラマのセリフにあった、「子どもと一緒にいられる時間はそう長くはない」と。
一緒にいる間にどれだけの事がしてやれるだろう、そして、してやれただろう。
2度の引越しに、少々無理をしても、嫌な顔をせず娘に付き合った自分は褒めてやりたい。
また、母親が分離不安を克服していないと、子どもの自立を無意識に阻む可能性は大きいと再認識した。
もう一人私のもとに下の娘がいる。
この娘との時間も大事にしていこうと思う。
いつまでもいるわけではない、いつかは自立して行くのだから。
そのとき後悔や想いを残さず、笑顔で送り出せるように。
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