2018年7月アーカイブ


7月から始まったTBSのドラマ『チアダン』を観ました。

このドラマの中で、

「(それが)出来るかどうかより、したいかどうかだ」というセリフがありました。

ハッと気付かされます。

今の私に言われているようです。

出来るか出来ないか、結果を自分で決めて思い悩むのではなく、

それがやりたいのなら、そういう自分になりたいのなら、

そこに向かって行くしかない。

自分の脳が限界決めてしまったのでは、出来るものも出来なくなる。

そうだよねと、一人気づき、反省しました。


ラカンのいう象徴界から、自分に必要な言葉が降り注いているといいます。

それを宗教的にいうなら、神の言葉です。

誰の上にも必要な言葉が降り注いでいますが、

それを受け取り聴き取るセンサーや能力がないと聞き流され、心に留まりません。

ラカンやフロイト、神がいつも側にいて観ていてくれる。

そして必要なときに、必要な言葉を、人を通して語りかけてくれる。

そう感じられることが、鴻巣に引っ越して増えました。


            ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


埼玉県鴻巣市富士見町7-10   ℡090-7357-4540


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フォンドル・セラピー


ラカン精神科学研究所では、毎月1回、月初めにメールマガジンを発行しています。

2018年7月1日、 ラカン精神科学研究所メールマガジン100号発行しました。

日々、クライアントの分析をする中で感じたことや、理論、自分の事を例にあげて書いています。


No,100今月のメルマガのテーマは、「家庭のテーマは『言論と行動の自由』」 です。 

『言論と行動の自由』が正常に行われている空間を家族・家庭といい、

この環境の中でしか自我は育まれない。

...多くは、自分の欲しいもの、したいこと、言いたいことを言えば、

否定されるか拒否されます。

...そうすると、欲しいもの、欲求・欲望を出すことは

いけないことになっていきます。

...「うちは貧乏だから」とか、「うちにはお金がない」と親は言います。

...後に欲しいものを手に入れ、買おうとすると罪意識が発生してしまい、

お金がないわけではないのに、買えなかったり、

欲しいものではなく、安いものを買うことになったりします。

...言論の自由とは、言いたいことが言える事です。

...「言える」ことは「癒える(心の悩みや悲しみが解消する)」こと。

「言えない」ことは「癒えない」ことであり、「家(が)無い」こと。

...安心して落ち着け、心を許してゆったりできるのが家であり家庭です。

...言論と行動の自由だけでは無秩序になり、

家庭といえども無法地帯になってしまうので、

父が秩序を教え、統制・統合をします。

それを子どもは小社会(社会の最小単位)である家庭で学び、

そして社会へ出ていきます。

この家庭の機能を今一度見直し、立て直す必要があり、

そこに寄与するのが精神分析であると私は考えます。
 
            
(メルマガより一部抜粋)


興味ある方はお読みください。


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           ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


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