分析家の独り言の最近のブログ記事


何か子どもに問題が起きた時、早く対応する事が大事です。

ただどこへ相談すればいいかがわからないのが実情ではないかと思います。


例えば子どもが不登校やひきこもりになると慌てます。

多いのはまずお母さんが相談に来られるケースです。

子どもさんの状態等を聴いて、対応法『オールOK』をお話しします。

最初から完璧ではなくても、お母さんは実行していきます。

すると、子どもは「あれ、何かこれまでと違う」と感じます。

お母さんも『オールOK』の話を子どもにしたりもするでしょう。

そうするうちに、子どもが分析(セラピー)にきます。

子どもは、親や友達や周りの人に話しても理解されなった事があります。

周りからは、責められる言葉を言われていたりしています。

それでなくても、本人が一番しんどく辛い思いをしているのに、です。

おそらくもう忘れていますが、親も子どもと同じような体験をしているはずです。


よく話を聴けば、親や周りの対応や言葉がけがおかしく、

子どもの感じ方、考え方の方が正しい事が多々あります。

しかし、子どもは親や周りから非難されたりマイナスの言葉を言われたりすると、

そのマイナスの言葉を撥ね返せません。

もともと自分に自信が無かったり、自己肯定感を持てずにいる事が多く、

ペシャンコになってしまいます。


それを分析者は正しく判断して、支持します。

人は支えられる事で自信を持ち、もう一度立ち上がります。

親御さんが言われます、「親も子どもを支えると言うのに、

子どもは分析者に支えると言われたからと動き出した」と。


親や家族はその子のために良かれと思って言いますが、

それは本当に子どもの立場に立った言葉であるか。

自分の価値観や考え方、希望・要求を押し付けてはいないか。

よく吟味する必要があります。

ただこれも、自己愛によって自分の価値の傷つきを守っていて、

自分は正しいと思い込んでいるので、

自分を見つめ反省し、間違いを正すのは難しい事です。

ほぼ無意識であり、本人が意識し自覚出来ないので、

ここに精神分析が導入されます。


結局、子どもの問題であれ何であれ、自分を知って自分をより良く変え、

自分も他者も活かす道に進んでいく。

そのきっかけを、子どもが何らかの問題行動で示してくれたと考えられます。


           ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法

フォンドル・セラピー

ラカン精神科学研究所メールマガジン


個人の分析や精神分析理論講座、子育て相談室でクライアントは語ります。

時に涙を流しながら、怒りながら、笑いながら。


理論を聴くと「しんどくなる」、「辛くなる」、「苦しくなる」と言いながらも、

理論を通して自分を、子どもを、人を知りたいと言う。

自分の育ちや子育てしてきた経験と、精神分析理論の違いに落ち込みます。

知らなったとはいえ、こんなにも違うのか、間違っていたのかと知ります。

しかし、質問もしながら、無知を知に変えて知を得ていく楽しみや喜びがあります。


個人の分析や子育て相談室で自分の事を話します。

「こんなことは、他では話せない」と言われます。

例えば、子育て相談室いつものメンバーの中で、

いきなり泣きながら話し出します。

内容は重いものでした。

誰も批判したり、否定したりせず聴きます。


個人の分析なら尚更そうです。

語ることはカタルシス、つまり浄化法です。

抑圧された精神的苦痛を積極的に表出してコンプレックスを解消する療法です。


皆、人には言えない、表出出来ないコンプレックス、

心に引っかかって忘れたいけど忘れられない傷・苦悩を抱えています。

それを、誰もまともには聴いてくれないだろう、

受け取られないだろうと、一人で抱えています。

しかし、人はそれをただ黙って聴いて共感される事で、心が軽くなります。

これがカウンセリングや精神分析などのおしゃべり療法です。

聴き続けていくと、クライアントは自分で気付きます。

「私は○○だったんですね」とか「○○したかったんですね」等と言います。

また、分析者がクライアントの話を聴いて理解した内容を要約して

「○○という事ですね」と言うと、

クライアントはハッとして「そういう事か」、「だから○○なんですね」と気付きます。


最初は表情が暗かったり、泣いたりしていたクライアントが、

最後はすっきりした顔で、「頑張ります」と言って帰って行きます。

「よかった、頑張って、大丈夫」と心の中でも唱え願いながら、

クライアントを見送ります。


           ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法

フォンドル・セラピー

ラカン精神科学研究所メールマガジン


他者への関心が無ければ、そこに関係は結ばれません。

人と人の間の空間をうめるものは関心です。

ですから、お母さんが赤ちゃんに関心を持って、

赤ちゃんから発せられるサインをしっかりキャッチする事でした。

(分析家の独り言791お母さんから赤ちゃんへの関心が母子関係の基礎をつくる 参照)

皮膚感覚において、お母さんが赤ちゃんとの空間を埋めて

"快"を感じさせるためには、抱っこなどによる密着です。

お母さんと赤ちゃんの間の空間距離を縮めて最小にします。

この空間を縮め密着する事が、危険から守られ保護されているという

安心と安全感になります。

お母さんが赤ちゃんに関心を持って適確に世話をしなければ、

母子間には無限の空間が広がり、いつも不安を感じます。

無関心、無気力、無能感、無意味などは、精神の病理に繋がる危険な言葉です。


ですから、言葉の無い赤ちゃん時代に、

抱っこなど赤ちゃんに触れることで密着しマーキングしておきます。

そうすると、いつも安心と安全がイメージされ、心があたたかく豊かになります。

赤ちゃんは"快"を感じると、身体が緩みます。

顔の筋肉も緩み笑顔が増えます。

赤ちゃんの笑顔がお母さんの育児に対する報酬です。


お母さんが赤ちゃんを抱っこする事は、母子関係を築き、

赤ちゃんの精神の発達と安定にとても大切な事でした。
  
  


買い物に出かけた先で、子どもがお母さんに

「抱っこして」と言ったり、泣いたりして訴えている光景を見る事があります。

「はいはい」と言って抱っこするお母さんもいますが、

「自分で歩きなさい」と怒っているお母さんもいます。

お母さんは重かったり、疲れていたりするでしょうが、

どうかお母さん、子どもさんを抱っこしてあげてくださいと心の中で言います。

その事が子どもにとって、また母と子の関係にどれだけプラスになる事かと。


           ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法

フォンドル・セラピー

ラカン精神科学研究所メールマガジン


2017年9月発行のメールマガジンは「自己愛から対象愛へ」

というテーマで書きました。

他者との関係を築くには、対象である他者への関心が必要で、

他者への関心が希薄であると、対手との距離を縮めようとしません。


対象への関心は、生まれながらに赤ちゃんが持っているものではなく、

赤ちゃんにとって最初の対象である母から関心を向けらることによって

学習するものです。

最初に赤ちゃんあるのは、知覚能力です。

例えば音を聞いても、その音が何の音かわかりません。

しかし、音を知覚する事は出来ます。

この経験を積み重ねていき、五知覚の感度を上げると共に

知覚によって世界を認識していきます。

この音がするとおっぱいが飲めた、

この臭いはおっぱいの臭いだろう...というようにです。

また、知覚によって快と不快を学びます。

胃が空になった不快感から泣いて、おっぱいが飲めて満足と快が感じられます。


お母さんが子どもに世話行動を通して与えるべきものは、"快"です。

この"快"を赤ちゃんに与えるのは、適確な対応です。

『オールOK』の中にも『適確』が加えられています。

赤ちゃんに適確に合わせるために必要な事が、赤ちゃんへの"関心"です。

言葉をしゃべらないために情報の少ない中で、

赤ちゃんに適確な世話によって"快"を与えるためには、

赤ちゃんからの情報をお母さんがキャッチしなければいけません。

そのために、赤ちゃんの情報収集する感度を上げる必要があります。

しかし、赤ちゃんへの関心が無ければ、心を向けて赤ちゃんを見ようとしないし、

赤ちゃんから発せられるサイン(泣くなど)をいい加減に受け取ります。

更には、「あぁまたか」、「今度は何が不足なのか」、「面倒くさい」等と

お母さんが感じたなら、適確な対応によって"快"を与えられません。

不適切な世話行動になり不快を与え、赤ちゃんは泣く事が多くなり

情緒は不安定になります。


対象への関心が無ければ、その対象との関係は存在しません。

正常な母子関係は築けません。


お母さんから関心を向けられなかった子どもは、

人・物・事に対して関心を持つ事が難しく、全ての事に対して無関心になっても

不思議ではありません。

そうすると、あらゆる事はどうでもよくなり、

「べつに」、「どっちでもいい」といった言葉が連発します。

お母さんから関心を持たれた赤ちゃんは、更に愛着を学んでいきます。


大人になった私達でも、何かに関心を持って、

探究していく事で補い学ぶことが出来ると考えます。


これから育児をする方、また育児・子育て中の方には、

赤ちゃんや子どもに関心を持って適確に対応し

良好な母子関係を築かれることを願って止みません。


           ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法

フォンドル・セラピー

ラカン精神科学研究所メールマガジン


ラカン精神科学研究所では、毎月1回、月初めにメールマガジンを発行しています。

2017年9月1日、 ラカン精神科学研究所メールマガジン90号発行しました。

日々、クライアントの分析をする中で感じたことや、理論、自分の事を例にあげて書いています。


No,90今月のメルマガのテーマは「自己愛から対象愛へ」です。 


「性欲は自体愛を対象愛へと繋げてゆく橋渡しの役目を担っている」

と、ラカンは言います。

...人は自己愛の傷つきを命がけで守ります。

自己愛は自分の価値に繋がり、自分の価値が貶められ傷つけられる事は

耐えられないからです。

...外に出て、他者と何らかの関わりを持つと、互いの個性や性格、考え方が異なり、

それがぶつかり合うと傷つかないでは済まないだろうと恐れます。

...家の中での安心と安全に留まって...安住してしまえば、

これ以上何を求めてわざわざリスクのある外へ出て行き、

人と関わる必要があるのかとなります。

...ますます結婚しない人達が増え、少子化は進みます。

若者が恋愛そのものに消極的になっているとも言われます。

...対象である他者への関心が希薄なので、相手との距離を縮めようとしません。

相手との距離を縮めるには、会話は必要です。

...会話は、まず家庭で家族との会話を通して子どもは学びます。

親が子どもの話をどれだけ関心を持って聴いたかです。

そこで話をし、自分の思いを相手に伝える学習を日々重ねます。

...ラカンのいう『性欲』とは、...ただ単に、自分の性的快と満足を得るためのものではなく、

関心や愛着、信頼、理解、思いやり、共感などがあった上で

対象に向かうエネルギーと、...理解しています。

...赤ちゃん時代から、母と後に父が加わり、そこでの人間関係が

その後の人間関係を決めてしまいます。

                             (メルマガより一部抜粋)


興味ある方はお読みください。

第90号 ラカン精神科学研究所メールマガジン


                   ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


下記のサイトにメルマガ登録画面があります。

メルマガ:子育て相談室便りこのページより登録できます。

ラカン精神科学研究所のホームページにもメルマガ登録画面があります。

フォンドル・セラピー


ひふみんこと加藤一二三氏が、

対戦相手の背後に回り込み相手側から盤面を見る。

これを"ひふみんアイ"と、呼ぶそうです。


これはラカンのいう主体の入れ替え、鏡像関係です。

相手の目線で、相手の主体に立って盤面を見る。

そうすることで、相手の主体を読み取ります。

対戦相手はどのように打ちたいと考えているのか、

相手の考え、作戦がわかれば、対戦方法を考えられます。

これを、藤井四段が29連勝を記録した対局中に行いました。


<記事一部引用>
藤井が29連勝を記録した対局中、加藤が現役中しばしば行っていることから「ひふみんアイ」という俗称がある、対戦相手の背後に回り込み相手側から盤面を見る動きを見せた。


彼らがラカン理論の鏡像関係を知っていたかどうかはわかりませんが、

理論が活用されました。


           ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法

フォンドル・セラピー

ラカン精神科学研究所メールマガジン


精神分析の理論を学びたいと言うクライアントがいます。

個人の分析を受けるうちに、精神分析理論に興味を持ち始めます。

精神分析は学校や社会ではほぼ学ぶ事が無かった内容です。

また、一般的に常識といわれる事と相いれない、真逆の事もあります。

例えば『オールOK子育て法』がそれです。

世間一般では「そんなに何でも子どもの言う事をきいて、

我がままにするなどとんでもない」と非難されます。

しかし、理論の中でいろいろな方向から『オールOK子育て法』の意味を

説明していきます。

そうすると、『オールOK』が我がままでないことが理解されます。


しかし、一般の人は精神分析の理論を知らないので、

『オールOK』の話一つとっても、

なかなか理解されず、話が通じません。

精神分析の話を一般の人達と共有できないのが寂しい

と言うクライアントもいます。


あるクライアントが言いました。

「一年前では、この理論はきけなかった」と。

個人の分析が進み、精神分析の理論が受け入れられる心の準備が出来て来たとき、

理論を知りたくなるのでしょう。

これは個人差があります。

自分にとってベストなタイミングを

クライアントは知っているのではないかと思います。


「全ての事には意味があったのですね」

「知らなかった」と言われます。

自分が育てられた事や、子どもを育てた事と、

人間の精神の健全な発達の違いを知って、衝撃を受け、

しんどくなる事もあります。


子育てに悩み分析に来られたクライアントからは、

「分析やオールOKを知らずにいたら、事件が起きていました」

と言われる事もよくあります。

お母さんと子どもは鏡像ですから、お母さんが変われば子どもも変わります。


           ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法

フォンドル・セラピー

ラカン精神科学研究所メールマガジン


8月8日(水)の大阪子育て相談室での質問です。

「孫が1歳2ヶ月になったが、この時期子育てする上で

気をつける事、大事なことは何か?」ときかれました。


1歳2ヵ月は、マーラーの『分離・個体化』の第三期、練習期に当たります。

それまでのはいはいから、身体機能の発達により

直立歩行ができるようになります。

自分の足で自分の興味のある所、行きたい所へ行けるようになります。

お母さんとの心理的分離も進んできて、自律心が芽生え、

自分を試して、どこまで自分の歩みを進められるか、

自分の思い通りに動けるか練習する時期です。


お母さんはますます子どもから目が離せません。

まだ、たどたどしい歩みで、危険を感知することもなく動き回ります。

すると、お母さんはつい「危ない」、「そっちに行ったらだめよ」と

子どもの行動を止めてコントロールしてしまいます。

これでは、いつまでもお母さんの管理下におかれ、自律期の学習ができません。

本当に危ないときは制止するなど、守ってあげなければいけませんが、

子どもが自由に動けるようにそばにいて見守ります。

これだけでもお母さんは大変です。


いつもそうですが、子どもに主体を置いて、それを尊重することです。

そうして子どもが自由に動くと、自分の限界と不自由に出会います。

これまでは自分が動かなくてもお母さんが、泣くなどのサインを読み取って

必要な事、欲しいものを与えてくれました。

赤ちゃんはお母さんとの分化・分離がまだほぼ無かったので、

お母さんが何でもしてくれることを、自分が万能であると錯覚していました。

これを万能感といいます。

しかし、自分で動いて、自分には出来ない事があり、

自分だけでは思い通りには行かない事があるとわかり、

万能感から脱却していきます。

この万能感から脱却するために、相当な自由が与えられなければ、

正常に練習期を送れず、精神の発達は止まってしまいます。


そのまま身体だけが大人になった人は、万能感から脱却できず、

自分が特別な存在だ、だから何をしても許されると思い込んでしまいます。

これが赤ちゃん時代に精神の時計が止まった、アダルトベイビーです。

適切な対応を受けて、精神は健やかに育ちます。

それには育てるお母さんやお父さんに、精神発達論などの知識が必要です。


           ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法

フォンドル・セラピー

ラカン精神科学研究所メールマガジン


我が師は、「クライアントから真理を学ぶ」

「真理はどこからでも学べる」と言います。

真理は遍満していて、全ての中に宿されている。

ただそれを感得する能力が自分に無いだけ。

その能力があれば、分析場面においてクライアントから真理を学ぶ事ができ、

日常の中にも、学ぶ事がたくさんあります。

そこで謙虚な心と無知になって、教わる・学ぶという態度の大切さを知りました。


精神分析は宗教と重なるところが多いため、

神秘主義と混同されることがあるのですが、

あくまで精神分析は精神の科学(科学とは体系的で、経験的に実証可能な知識)です。

ラカンは精神の構造を、数学、数式を使って説明しています。

その一つが、黄金比(1:1.6)、黄金数(0.618)です。


「私が他者をどう見ているかという事が、私が全体の中で何であるかという事に

等しくなる時、他者は私にとって黄金数だということになる。

ゆえにその値はおよそ0.618である」とラカンはいいます。

例えば、ギリシャのパルテノン神殿の高さと正面の幅の割合や、

ピラミッド高さと底辺との比が黄金比に非常に近い値になっています。

黄金比はもっとも美しくみえる比率といわれています。


「対象aは黄金数である」ともラカンはいいます。

ですから、先程の「私が他者をどう見ているかということが、

私が全体の中で何であるかということに等しくなるとき、

他者はわたしにとっての黄金数だということになる。」

「そこに対象aが浮かび上がる」ということです。


例えば、私が他者を努力家だと見、私が他者全体のから努力家であると見られ

一致したとき対象aが浮かび上がる、つまりそれが自分の求める理想像であり、

そこに到達した。

そしてまた次に自分の理想像を0.618の割合で立てていき、

それに一致していくのがシニフィアンの運動です。


このとき、まるでターザンが木から木へ渡っていくように、次の目標・理想が

0.618より小さければ近すぎて次の木にすぐぶつかって落ちてしまうし、

0.618より大きければ届かないでやはり落ちてしまいます。

しかし、最初から0.618の割合で自我理想を立てられるわけではなく、

初めは0.4であったり、0.5だったりします。

0.618は最終目標値です。

それでも留まることなく、自分の理想に向かって運動し続けることを

「前へ、前へ(進め)」という表現します。

そのようにして日々成長・発展していくのが人間であるということです。

            ラカン講座 対象aと黄金比 より

             
           ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法

フォンドル・セラピー

ラカン精神科学研究所メールマガジン


「人は他者の中に自分を見出す」と言います。

これは、自分の良い面を他者に投影すれば、他者が良く見え、

反対に自分の悪い面を投影して見れば、他者が悪く見えます。

これを「人は他者を通して自らを語る」とも言います。

人の悪口を言えば、それは自分の悪いところを自ら暴露している

事と同じという事です。


そして、世界中の人の目、つまり普遍的目、

もっといえば神の目から自分を見たら、

どのように見えるだろうと考え、自分を知りたくなります。

『自分とは何者か』この問いかけをした時、それに応えるのが精神分析です。


このように人間は宗教が自然に発生する構造の中にいます。

この視点からいえば、宗教の教義等の違いによって各宗教が争う事は愚かな事です。


人、分析場面ではクライアントは真理を宿しています。

なぜなら、精神分析の理論を学んだわけでもなく、

知らないはずなのに理論通り真理を語るからです。

このことをフロイトは「クライアントは知っていること以上の事を語る」

と言いました。

ラカンは「真理が舞い降りる」と表現しました。

我が師は「クライアントから真理を学ぶ」と言います。

宗教家は「神は人の口を通して語る」、「我以外皆師」と言います。

皆、表現は違いますが言わんとする内容は同じです。


真理を語るものは神。

我々分析家が理論(真理)を知らなければ、

クライアントの語りが真理、神の声に聞こえません。

またクライアントが神に見えなければ、

クライアントの語りを真理と受け取れません。

人が真理を語っているという事は、その人はすでに神を宿しているという事。

そう見えたなら、神の目線で人・クライアントを見ている事になり、

分析家自身も神だといっていいだろうという事です。

            ラカン講座 対象aと黄金比 より


           ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法

フォンドル・セラピー

ラカン精神科学研究所メールマガジン

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.21-ja

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち分析家の独り言カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは出張です。

次のカテゴリは分析理論講座です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。