子どもの非行・家庭内暴力に悩む方々へ

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子育て相談室便り(非行 不登校 引きこもり)
   
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子育て相談室便りの詳しい説明サイトはこちらです。

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登張豊実からのご挨拶(YouTube)

こんにちは。ラカン精神科学研究所の登張豊実です。 当研究所では、薬物や催眠、暗示を使わず対話による精神分析を行います。カウセリングとの違いは、精神分析は「無意識」を扱う事です。多くの方々は自分の無意識の存在に気付かず、日々を過ごし、様々な悩みを抱えておられます。 自分の無意識に気付き、書き換えて行けば自己実現への道が開かれます。 それは自己の尊厳に気付き、自分らしく幸せへの道を歩く事です。 自分自身、子どもさん、家族、親の事等に悩んでおられる方、ご相談ください連絡先はこちらです。

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はじめに

はじめまして。登張豊実(とばりとよみ)と申します。私は二女の母であると同時に精神分析家として、薬や催眠をつかわず、対話療法で心の病を治療しています。現在は、ラカン精神科学研究所(滋賀県大津市)を主宰。日々の活動は宣照真理のセラピー日記でご紹介しています。

ラカン精神科学研究所では「不登校・ひきこもりに悩む方々へ」のサイトを立ち上げて多くの方にご覧頂きました。このサイトは私の娘の不登校・引きこもり体験を基礎に構成しており、多数の共感のメッセージを頂きました。またサイトをみて、子育て相談室や分析理論講座、分析治療に来られる方々もおられます。

今回公開するサイトは「子どもの非行・家庭内暴力に悩む方々へ」と題してお届けします。
 
精神分析的な視点でみると子どもの「引きこもり」も「非行」も根っこは同じです。サイトを公開するにあたり私のクライアントの緒方さん(仮名:57歳)に協力をお願いしました。このサイトで紹介する非行の事例は緒方さんと彼女の息子(次男)さんの実体験です。緒方さんが変わっていく事によって、息子さんも変わっていく...変容していく過程を順を追って説明します。

子どもの非行と家庭内暴力を、精神分析的視点から考察しました。

このサイトが子育てに悩むお母さん達の一助になれば幸いです。

平成21年7月20日                        登張豊実(とばりとよみ)

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プロフィール

緒方直子(おがたなおこ)敬称略
1952年生まれ。57歳。京都府京都市在住。13歳の時、実父を亡くす。家が貧しく中卒で働きながら専門学校に学び事業を展開。21歳で結婚。二男を儲るも次男の非行の為に苦難の日々を送る。精神分析治療を受けながら息子の更正に奮闘。
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登張豊実(とばりとよみ)
精神分析家。ラカン精神科学研究所(滋賀県大津市)主宰。
1958(S.33)年4月22日生まれ
出身:滋賀県大津市。二女の母。
親和女子大学児童教育学科(兵庫県神戸市)卒業。
lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)
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非行について

親の言う事をよくきいていた子ども(所謂、良い子)がある日(思春期が多い)突然、変わってしまい、幸福な家庭が崩壊していく様は、映画やテレビドラマで数多く描かれています。

代表作としては「積木くずし」「不良少女とよばれて」「父よ母よ」等があげられます。

精神分析的な言葉で言うと家庭内暴力は、子どもが親の身長を越えた頃始まります。それまでは体格・体力的に劣っていた子どもは、言葉や実際の暴力を受けていても耐えるしかなかったのです。小さい頃に受けた暴力を、時間をおいて子どもが親にやり返す。タイムラグがある為、親は「なぜ今まで大人しく良い子だったこの子が」・・・と思うでしょう。

非行も、子どものこれまでの不満や、攻撃性が現象化したもので、それにはそうなる子ども側の理由があるのです。ですから、ただ時間がたてばそのうち治まるものではなく、親の子どもへの理解や反省、具体的に非行に走る子どもへの対応「オールOK!」が必要です。

子どもの様々な問題行動は、親の間違いや歪みを子どもが行動・態度で知らせている様に思います。それに親としてどう取り組むか、親が試され、親が育てられる。私は多くの臨床経験からそんな風に感じます。

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次男の非行が始まった!

緒方さんの次男は14歳(中学校2年生)の時に突然非行を繰り返す様になり、公園で飲酒、同級生に暴行、恐喝を行いとうとう少年鑑別所へ。

真面目に働いて子育てをしてきた筈の緒方さんにしてみれば突然の息子の非行は降って沸いた災難以外の何モノでもなく、ショックでただただ困惑する日々でした。

緒方さん曰く「特別貧しいわけでもなく、必要なものは買い与え、食べさせ、着させ、寝せて、何不自由なく育てた筈なのになぜ?どうして?」...答えは見つかりません。子どもが問題を起こす度に、学校、警察、家庭裁判所を行ったり来たり、電話のベルが鳴る度に「また警察から?」とビクビクする日々でした。どんなに言って聞かせても息子の非行は止まりません。「もうあかん」「この息子さえいなくなれば」とさえ思う私。「そのうち治まりますよ...」「非行もいつまでも続きませんよって」と知人から慰めの言葉をかけられても私の心は荒(すさ)んで行くばかりでした。私は「誰か私を助けて」って叫んでいました。息子は「俺が高校行く言うたら先生が困りよる」そう言って高校進学も拒否しました。

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傷害事件を起こした息子と謝りにいく私

「お宅の息子さんが喧嘩して暴力をふるった、被害者は怪我をしている」と学校から電話がかかってきます。とにかく、被害者の方に謝りに行かなければ...と、嫌がる息子を連れて先様へ。途中、息子の仲間達と遭遇しました。
すると「謝りにいく?お前、悪い事はしてへんやないか!なんで謝りいくねん!」と声が聞こえます。私は暴力を振るったのは事実やから...と、構わず先様へ。

今思えばなんで、あの時、もっと息子の言う事を聞いてやらんかったんやろ?何で暴力をふるったのか息子に聞きもしませんでした。私は、私の息子が仕出かした事件を治めに行っただけで、息子の言い分には耳を貸しませんでした。実際に息子だけが悪いわけではない事もあった筈です。でも、私は子どもの話をまったく聞いていませんでした。私は「私の息子」が大事だったのではなくて「私の世間体」が大事だったのです。

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次男、少年院へ

口を開けば「うるさいんじゃ!」「放っとけや!」「あっちいけ!」「金!」としか言わない息子。私は精神的に追い詰められて、息子に「あんたが事件起こすから、私が頭下げんなんやんか。何考えてんの」「親の気持ちがわからへんの」と言ってしまう。すると、ますます親子の関係は悪くなる、子どもは荒れる、親は嘆く。この悪循環が止まらない。そうこうしている内に状況はまったく改善せず、恐喝で息子は「少年院」へ送致される事になりました。息子が17歳の時です。

この頃の次男は、悪友とつるむ様になっており、家からお金を持ち出し悪友へ渡し、その額が不足する様だと、今度は、他人様に因縁をつけお金を恐喝する様になっていました。家で無心する時は「人の車に傷をつけた」「金ないなら小指おとさなあかん」などすぐに嘘だとわかる理由を言います。渡した金は悪い友達の遊興費に使われていました。ある意味、息子も被害者なのですが「少年院に入れば息子も頭を冷やしよるやろ」...と、何より、悪い友人に接触させない様にする為に、私が警察と相談し、息子を少年院へ入れてもらいました。今考えると、これも、息子を愛していればこそ...という考えではなく、私の自己保身がそうさせた行為でした。「少なくとも少年院にいる間は悪友達との接触は無くなる筈」との考えがあったのです。警察の方からは「悪友達から引き離すのが目的なら、それこそ北海道か沖縄にとばないと無理でしょう」と言われました。

それを聞いた私(宣照)は、「いくら沖縄や北海道に行っても、息子さんの心が変わらなければ、また行った先の土地でも非行の子ども達はいるのだから、また同じようにつるむでしょうね」、と言いました。

その頃の話です...妙に落ち着いて淡々としている私達(私と夫)に長男がいいました。「おとんもおかんもおかしいやろ!少年院にいる自分の子供が不憫と思わないのか?なんでそんなにおちついてんのん?もっと心配するのが親やろう!」と...。そんな長男の叫びもあの時の私には咄嗟に「この子(長男)はまだ若いなぁ」と思ったり「(次男は)頭を冷やしたらええ」としか思えなかったのですが、冷静になって考えると「この子の考え方が人間らしいなぁ」と感じました。

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少年院と息子

息子は、少年院では教官の言う事をよくきき真面目な態度で過ごし、四ヶ月の予定を三ヶ月で退院しました。その期間に、少年院で弁論大会の様な催しがあり私も参加しました。入所している少年一人一人が自分が犯した罪をよく考え、自分で自分がしてしまった事にどう向かい合っているか?を発表すると言うものでした。棒の様に直立不動で涙で語る少年たちを今でも覚えています。道を踏み外し、少年院に入ってきた少年の語りです。具体的な事は言えませんが「道を踏み外した少年と向き合って彼らを更正させるには相当なエネルギーがいるんやな」と思いました。また少年を隔離して一人で想いを堀さげる事での更正には限界があると思いました。

この将来ある少年達が更生できるように、再犯しない様にする為に私たち大人は何ができるでしょうか?

注釈:少年院を仮退院して保護観察になる少年は例年4ないし5,000名。保護観察中の再犯により保護観察を取り消され、再度の少年院送致または懲役刑となる者は例年約15%(平成10年で約750名)。...というデータがあります。

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精神分析治療(登張豊実)との出会い

財団法人「京都教育文化センター」の中の親と子の教育センターで開催された「子どもの非行に悩む親たちの会」に参加した緒方さんは、偶然、私(登張)と知り合う事になります。

当時、私は精神分析理論を実証したくて、非行の息子に悩む緒方さんに「息子さんは普通分娩でしたか?それとも帝王切開や難産という事はなかったですか?」と聞いてみました。答えは「難産だった」と言う事でしたが、緒方さんは「この人何を言ってるの?」「うちの息子は非行して悩んでるのに、出産がどうだったなんか関係ないだろう」と思ったそうです。後に、緒方さんが分析理論を学ぶようになって、母親がどういう気持ちで子どもを身ごもり、その間をいかに子どもの事を思いながら安定した気持ちで過ごす事が大切かと言う事を理解されたそうです。その「母親の心のあり方」が、普通分娩か、そうでない何か問題のある分娩になるか、と言う現象に現れます。

「今、息子は少年院に入っていて...」と語る緒方さんは、疲れている様子で、いつ自殺してもおかしくない様な感じでした。実際、家の近くを通る電車の線路を見るたびに「今日飛び込もうか?明日飛び込もうか...」と言っていました。見かねた私がラカン精神科学研究所で開催している「子育て相談室」を紹介したところ、それから2、3ヶ月後、緒方さんから参加の申し込みがありました。ずっと悩み続けておられたのでしょう。後に、緒方さんご自身が、分析治療を受けられる事になります。

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少年院退院後の次男

退院後、人様への恐喝は無くなったものの案の定、悪友達との関係は復活しました。相変わらず、夜中にたたき起こされて「金!」悪友達へお金を渡す日々(巻き上げられると言った方が正しいかもしれません)、仕事をしていない息子は家の金を持ち出します。その額が半端ではありません。1ヶ月に100万円を超える時もありました。このままでは息子より親の方が立ち行かなくなってしまします。私はもうどうしていいのかわかりませんでした・・・。

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オールOK子育ての法の実践

私(登張豊実)は、母親教室にみえられた緒方さんの話をきき「何でも息子さんの言う通り(要求に応える)にして下さい」と指導しました。「オールOK!子育て法」を説き、・・・・・・・分析治療を月2回、六ヶ月継続しました。

登張先生から「子どもさんを褒めて下さい」と言われました。私は素直に息子を褒めようとするのですが、毎日毎日、子どもの非行で家はぐちゃぐちゃです。「この息子のどこを褒めたらいいのか?先生、一日でいいから我家を見学に来て下さい!」これが私の本音でした。でも、息子を褒めようと意識して子どもに目を向けてわかった事があります。お世辞でもなく、ただ単に息子を褒めるという事の奥の深さに気がつきました。褒めるとは「息子を肯定して受け入れる」と言う事です。それは普段から余程、息子に関心を持って接していないと出来ません。逆に言えば、私は今まで息子に対して無関心であったと言う事です。自分が恥ずかしい。息子が拾ってきた犬猫でさえ世話をすれば懐(なつ)いてきます。そして私の傍に寄ってくれば「愛おしい」という感情が沸いてきます。それなのに今までの私は自分の息子に「愛おしい」と思って接して来たでしょか?私はあかん母親でした。私は「息子が私に本当の事を話す様になった時、この非行は止まり終わる...」と思いました...と同時に、息子に対して本当に申し訳なかったという気持ちが沸いて来ました。

注釈:人(子供)を育てるには「承認と賞賛」が必要です。例え、物心がついた年齢でも、健康な自己愛(自己価値、自己肯定感、自信)を育てていかなければ自我は育ちません。子どもを褒める事の必要性を強調させて頂きます。

今、この瞬間、自分の子どもを「愛おしい」と思って接している母親がどれくらいいるでしょうか?そういう意味では日本という社会はすでに病んでいます。秋葉原通り魔事件や、附属池田小事件神奈川金属バット両親殺害事件の様な凄惨な事件はこれからも続くでしょう。

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ある日の出来事

次男が友達を家に連れて来て、2階の自室へ。しばらくして息子が「おかん、ジュース持って来て」と言いました。以前の私なら「何言ってんの。自分で取りに来なさい」と下に降りてこさせるのですが、この時は宣照先生から「的確に息子さんの話をきいて要求に応えて下さい」と指導を受けていましたから息子の言う通りジュースと茶菓子を2階の息子の部屋へ持って上がりました。...すると、息子から思いがけず「ありがとう」の言葉が・・私はびっくりして舌を噛みそうになりながら「ど、どういたしまして」と言いました。

今にして思えば、こんな基本的な事もできてなかったんやと思い出されます。息子から「おかんは校長先生や」と言われた事がありました。私はまじめに一生懸命生きて来たという想いが常にありましたから、多分、私が息子に言う言葉は「世間一般常識的」には間違っていなかったのですが、母と息子との関係においては「世の中の決まり(ルール)」を優先させてはいけなかったし、母として「世間の常識」より「息子との関係を優先」しなくてはいけなかったのだと反省しました。世間の常識なんて時代と共にクルクル変わっていきます。でも、母と息子との関係は一生涯変わらないのです。これだけ確かな関係があるでしょうか?死んでも親子は親子です。

注釈:私(登張)は、例え子どもが犯罪者になって、子どもが全世界から「おまえはダメだ」と言われても、母親だけは子どもの味方、理解者でいて下さいと言います。もちろんやった事はやった事として反省はしなければいけませんが、母親はどこまでも子どもを見捨てないという姿勢でいて欲しいのです。

振り返れば、緒方さんも息子さんに、「あんたが行く所なら、地獄でもどこでもとことんついて行くから」と言っていたのを覚えています。

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経済的な困窮

私がいくら「オールOK!」しても、急に息子の態度が変わるわけでもありませんし、息子と悪友たちの関係も相変わらず続きます。暴力団関係者の影までチラつきだしました。ショットバーで働きつつも私に金銭要求。

ある時、安朋先生に「80万要求されました。言われる通りに出していいのでしょうか?」と相談しました。先生は「出して下さい」と言われました。私は「この人本当に分かっているのか?いくら要求通りにでも8千円ではなく80万円やで。それでも出せって言うの?」と正直そう思いました。

お金を渡した私は息子に言いました「金額が1万でも少なかったら、また難癖(なんくせ)つけられるやろ。ちゃんと数えてもっていきや」...80枚の万札を数えて出て行く息子の背中が小刻みに震えて泣いているのがわかりました。

当時、自営業を営んでいましたが、さすがにこれだけの大金を持ち出されると生活が困窮します。いくら仕事をしてもお金が続きません。先生にお支払いする分析料も払える見込みがなくなり、子育て相談室だけに通う時期もありました。そこまでして、安朋先生を信じ、息子に接する事ができたのは・・・・・

注釈:当時を振り返って緒方さんは、80万円を子どもに要求されて、「それでも出してください」と私(登張)が言い、ぶれなかったことが良かったと言われます。もしあの時、私が「80万円はいくらんんでも高額すぎます。それは出さないでください」と言ったら、「あれ、どうして?」と思っただろうと。80万円を出してくださいという私もそれなりに、緒方さんの立場に立てば辛かったのですが、オールOK!に例外はないと判断してのことでした。

結局、次男は家から2000万円を超えるお金を無心しました。お金を毟(むし)り取られる私も辛かった。でも、お金をもって行く息子も辛かったのだと思います。

注釈:その通りです。40万円要求しても、80万円要求しても、親はフラフラになりながらも出してくる。すると、子どもも考える筈です。このまま親にお金を要求し続ければいつか親も倒れ、自分も立ち行かなくなる時が来る。さあ、じゃあどうする?そんなに親からお金を取らなければいけない自分とは何か?子どもは様々な事を考えるでしょう。そうして子どももまた自分と向き合わざるを得なくなる。その時にオールOK!して来た事が、子どもに変化を起こす筈だと私は思っていました。

しかし息子の暴走は止まりません。家中のガラスは割る、壁は穴だらけ。そして私にも暴力を振るう様になりました。家庭内暴力です。当時の精神状態を息子自身「毎日、頭が爆発していた様な感じ」だったと言います。

私は息子が暴れだすと手がつけられないので家の近くに、部屋を借りました。息子が暴れだした時の為の一時避難所です。子どもを見捨てるわけにはいけません。

注釈:家庭内暴力の場合、子どもは物を投げたり、直接親に暴力で向かって来たりします。一旦怒りが爆発すると止められない事が多いので、そこに親が居続ける事によって加害者と被害者が出るような事態は出来るだけ避けたいのです。ですから、暴力が始まったら親には逃げて下さいと言います。しかし、逃げっぱなしはいけません。子どもも24時間暴れる事はないので、落ち着いた頃には子どもの傍に戻って、身の回りの世話などしてもらいます。それは「子どもを見捨てないよ」という親からのメッセージになります。

緒方さんも近くに部屋を借りて、息子さんが暴れた時には一時避難し、心を落ちつかせ、体も休めて、また子どもの元に戻って対応をしていました。

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逮捕された息子

二十歳になったある時、息子は付き合っていた彼女に暴力をふるってしまいました。以前から私と息子の間には「今度、他人様に暴力をふるったら警察呼ぶ」という約束がありました。息子は自分から「警察を呼んで」と言い、私の目の前で傷害の現行犯で逮捕拘留されました。

息子さんが逮捕された翌日の話です。私(宣照)は、息子さんに投げ飛ばされて腰を痛められ、「あの子が何を考えているのか分かりません」と言い、子育て相談室への足が遠のいていた緒方さんの事が気になって、前に聞いていた住所を頼りに雨の中、緒方さんのお住まい周辺へ車を走らせました。 近くまで行って緒方さんに電話すると、緒方さんが迎えに来てくれました。 訪問した家の玄関のガラスは割れていて新聞紙が張られていました。家の中の壁といわず、家具といわずいたるところに穴が・・。「修繕してもどうせ息子がまたやりますので、このままにしています」...と緒方さん。 その時の緒方さんの様子は、自分たち夫婦の話し(愚痴の言合い)ばかりで、いっこうに息子さんの話は出てきません。私は「ところで、息子さんは今どうされていますか」と聞いてみました。すると「実は昨日彼女に暴力を振るい、警察に逮捕されました」との事。 その話しをきいた私は驚き「遅かったか」と思いました。もう少し早く来ていれば息子さんは逮捕されなくても済んだかもしれなかったのに...。仕方ありません。私は緒方さんに「息子さんが帰ってきたら、逮捕された息子さんですが、どうぞ邪険に扱わずに快く受け容れてあげて下さい」とお願いしました。緒方さんは「わかっています。息子が帰って来のはここしかありませんから...」と話されたので私は安心して帰途につきました。その日自宅に帰りついたのは深夜3時をまわっていました。

結果的には、この逮捕を境に息子さんは変化し、良い方向に向かって行きました。私は一つ一つの細かな事象に囚われてはいけないのだと教えられました。

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釈放されて引きこもった息子

次男は、警察署に10日間位留置された後、私が警察署に迎えに行きました。

私は、帰ってきた息子の表情が違っていたのに気がつきました。目付き変わっていました。彼女は告訴しなかったものの、警察は「今度、やったらムショ(刑務所)行きやからな」と息子に告げた様でした。

警察署から釈放された息子は病気で入院中だった父のやつれた姿を見て「親父が死んだら俺のせいや」と言いました。そして、携帯電話も処分し家に引きこもる様になりました。思いついた様にレンタルDVDを借りてきて自室で鑑賞したり...。息子なりにこれからの生活をどうするか...自分との対話をしていたのだと思います。「このままの生活を続けたらどうなるんろ?」「親もいつかは倒れておらんくなる」...息子なりに自分の将来を真剣に考えたのだと思います。

そして私が思うに「子どもが冷静に考えられる様になる為にオールOK!が必要だった」のだと思いました。息子が人間らしい子どもらしい感情を表す様になって、絶望という線引きが私から遠のいた様な感じがしました。また、私自身も一日でも長く生きて、息子の変化と成長を見続けて行きたいと思う様になりました。

闇の世界の人達との関わりも、親身になってくれる知人(息子の先輩にあたる)が助けになってくれ、防波堤の役目をしてくれたので悪い人達との関わりも無くなりました。

注釈:後になってわかった事ですが、知人の方は緒方さんの息子を思う気持ちに感嘆し、息子さんの更正の一助になれば...と、一肌脱いでくれたようです。

当然の事ながら、闇の世界の人達との関係が切れた息子は、金の無心をする事もなくなり、家庭内で暴れたり、家財を壊す事も無くなりました。

注釈:自分の部屋にいた息子さんが、突然降りてきてお母さんである緒方さんに、荒れていた頃の事を話し出す事があったそうです。半端ではないお金が動いたのですから、それなりの人達との関わりもあったようで、聞いてる緒方さんが恐くなるような話にも、ただひたすら耳を傾け聴き続けたという事です。以前の緒方さんなら「あんたそんな恐いことしてたん」と口をはさんでいたいたかもしれませんが、ひとしきり話したら、息子さんはまた自分の部屋に戻っていったそうです。何の評価をされる事もなく、ただ受け止められる事が、お互いの信頼や絆を築く事になっていったのではないかと思います。

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息子の変容と社会復帰

ある日突然「一緒に買い物にいこう」と息子。「お前は遅いから自転車に乗れ、俺は歩いていく。外は寒いからコートを着ろ。ちゃっちゃとせぇ、ちゃっちゃと」...スーパーでは普通の母子の様に買い物ができました。まさか、こんなふうに息子と買い物に出かける日が来るとは思っていませんでした。驚くやら嬉しいやら複雑な気持ちでした。これでやっと私と息子の対話が始まった様な気がしました。

そして一年近くたったある時、息子が自分から「家業を手伝う」と言い出しました。私は「そっか。その日は仕事入ってるから空けといてくれると助かるわ」と言いました。すると息子は、仕事の日はきちんと準備して仕事を手伝ってくれました。

そんな事が続き、更に息子が「俺、家の仕事継ぐから」と言い出しました。私は「男は働きだしたら一生働くんやで、急がんでええからよく考えや」と言いました。数日考えた末に息子は「俺はこの仕事がしたいんや」と言いました。

私は今更ながら思います。子どもを育てる事は「子どもを尊重する事」「子どもが自分で決める事」が大事だと思います。以前の私は「私がいいと思う事」や「社会や世間に合わせる事」を子どもに強いていました。それは、私がこれまで生きて来る間に「長い物に巻かれろ」で生きて来た為です。私は、人としての心を無くしてしまっていたのではないか?本当は人間はもっと熱いものだったのでは...?と反省しました。

私の母も、人の目を気にする人でした。それではいつまでも自分を生きられません。私は、母にされた事を自分の息子にしてしまったのだと気がつきました。社会に合わせる事が自分の生き方になっていました。

注釈:その通りです。本当は人の目、世間体ばかりを気にして生きる親が嫌で、批判していたはずなのに、気がつけばその嫌な親と同じ事を子どもに強いてしまう。これこそ無意識です。息子さんは校長先生のように正論を振りかざし、人から後ろ指を刺されないようにと、他者に主体を置いた生き方をする緒方さんに、非行という形で「それおかしくないか?!」と問いかけ、緒方さん自身を振り返させた様なものですね。自己中心過ぎても、他者中心過ぎても困ります。程よいバランスで社会に適応しながら、自己実現していくことは容易なことではないようです。緒方さん自身も、「息子は親の間違いを打ち崩しに来る」と言ってました。

子どもをよくするのに他人が一生懸命にやってもどうにもならない。その子の心の叫びを出し続けられる=きき続けられる親がいる事が大事です。子どもがなぜ非行に走ったのか?オールOK!をする中でわかってきました。本当の問題は私の中にあったのです。

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更正し、幸せになった息子と私

息子は更生。もう悪い仲間との関係はありません。家業を継ぎ。業界の資格試験にも合格。結婚し二人の子どもの父となり、私は立派なおばあちゃん(笑)になりました。「もったいない」と言って、トイレの水道代まで節約して家を購入しました。昔の息子を知っている人らからは「あんなに荒れていたワルがどうしたら、こんな良い息子い変わるの?」といわれます。

私は息子のストライクゾーンを探して右往左往していました。息子はずっと私を試し続けました。「試されてもいい」「騙されてもいい」私が覚悟を決めてから徐々に息子は変わっていきました。

私と息子の関係は昔はお互いが一方通行でした。今では、母親である私を息子が正確に受け留めてくれます。子どもを受け留めた私(母親)を息子が受け留めてくれているのです...人と人との間で一番大切な信頼関係を、我が息子と持てた事が嬉しくて幸福を実感しています。

出来るなら、もう一度この子を身ごもってお腹の中からオールOK!したいと思います。私の人生にとって一番厄介だったのは非行に走った息子でしたが、息子にオールOK!して一番厄介だったのは実は私自身でした。

こんな厄介な私から生まれて来てくれた二人の息子が愛おしくて仕方ありません。

今の私と息子の関係は、結婚でもなんでも子どもに任せる...親は応援するだけ...という感じで、私と息子との距離が適切にあきました。適度な距離感と言うのでしょうか?私が「ここからは入ってはいけない」という息子の住む場所があります。でも、息子から私のところに来たらしっかり受け留めます。些細な事でも言ってくれる息子がうれしく、愛しいです。息子が私に言ってくる内容や事柄で、息子の成長が見て取れます。

息子が非行に走ってから、ここまでは決して平坦な道程ではありませんでした、辛抱も苦労もしましたが、出て行ったお金以上のものを得ました。

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私が息子を通してみた闇の世界

今、思います。闇の世界にいる人達は、ずっと掘り続けて光の当たらない闇の世界に住んでいます。彼らには光が眩しすぎるのです。そして、掘って掘って掘った先に、自分と同じように闇の世界で闇を堀続けている人達とつながります。「お前も掘ってたんか」「お前もか」こうやって闇の世界の住人達は闇の世界で出会い、関係を持つ様になります。その繋がりは強固です。そして、光の中にいる人間が、闇の世界の人間を引き上げるには途方も無いエネルギーを必要とするのです。

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登張豊実的 非行の理論

非行とは...思春期の子ども達の行動で、問題行動と言えば中学校、高校生活のルールを守らないというのがあります。所謂、校則というルールを守らない。具体的には、スカート丈を短く(長く)する、ピアスをつける、髪を染める、化粧をする...など数え上げたらきりが無い程。あえて校則に定められた枠からはみ出したスタイルをするのは何故でしょう? そこには、「目立ちたい」という無意識が働いてるものと思われます。世話をされていない子どもは「自分に関心を向けて欲しい」と言う気持ちが「目立ちたい」という行動に現れます。子どもは監視されたいとは思っていません。関心を向けて欲しいと思っているのです。子どもは常に「まなざし」をさがしています。夜、爆音を撒き散らしながら走る改造バイクに乗っている少年少女達も「目立ちたい」=「自分に関心を持って欲しい」と思っているのです。

また、非行行動をする少年少女達が少人数でつるむケースが多いのですが、それは「擬似家族」を形成しているのです。実際の家族関係が良好でない為に、家の外での交友関係で家族関係を形成しようとするのですが、愛情の希薄な少年少女の「家族ごっこ」は傷の舐め合いですので真の人間関係は構築できずに長続きしません。仲が良さそうに見えていてもお互いを利用し合ったり、騙し合ったりする事があるようです。

また、一般の人々でも成長し自分の家族をつくる時期になっても、本来の家族関係が希薄だと、宗教活動に生きる事への価値観を求めたり(イエスの方舟事件)、テロ組織に引きずりこまれたりしてしまします(オウム真理教事件)。

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終わりに

今回この非行・家庭内暴力に関するサイトを作るに当たり、緒方さんに全面的協力をいただきました。

京都教育文化センター」の中の親と子の教育センターで開催された「子どもの非行に悩む親たちの会」(現在は「大文字の会」と名称変更)で、他にも何人かのお母さん方に会い、子育て相談室に来られた方々もいました。しかし、私の知る限りこれほどまで非行の子どもと関わり、子どもとの良好な関係を築いた例を他に知りません。
私もまた、「オールOK!子育て法」の有効性を緒方さんの症例であらためて教えてもらいました。

緒方さんと知り合った頃は本当に息子さんの非行が大変で、正直どうなるかと思うこともありました。息子さんが要求する金額と家庭内暴力がエスカレートする中で、どこまで緒方さんが耐えられるかが結果的にも路を分けました。
途中何度か、迷われたこともあったと思います。後から聴くと、迷い出し、もう辞めようかと思う頃に、私が言った言葉でやっぱり「オールOK!」していこうと思うことがあったそうです。例えば、私が「オールOK!は親がもういいだろうと言って辞めるのではありません。子どもが満足して、ありがとうもうここまでしてくれたらいいよと子どもが言ってきます。こんな自分にお母さんはよくここまでしてくれた、申し訳ないと子どもが思ったときが終わりです」と言った。その言葉を聞いて、「そうかオールOK!し続ければ、子どもの方から終わりが来るんだ。終わりがあるなら、そこまでやろう」と思ったそうです。永遠にではなく終わりがあるということが、緒方さんを支えまたやる気にしたようです。あのときの私の言葉がなければ、途中で「オールOK!」するのは辞めていたかもしれないと言われます。

それでも、余りに壮絶で厳しい状態が長く続いたために、親である緒方さんの心にも傷が残りました。「オールOK!」を三年し、息子さんが変わりだし、悪い仲間と関係を絶ち仕事を始め、私が見る限りもう大丈夫だろうと思う頃になっても、緒方さんの中では、また息子が突然荒れだし、「金!」と叫び出すのではないかという恐怖はなかなか拭い去れなかったのです。そんな中でも、緒方さんは自分と向き合い、さらにより深く息子を理解しようとし、息子さんの話しに耳を傾け続けました。その結果、周りの人から「どうしたらこんな良い息子になるの」と聞かれるようになりました。
継続は力なりと言いますが、よくここまでやられたと緒方さんに頭が下がる想いです。

緒方さんのご主人もこれまでを振り返り、ため息と共に「ようわしもあんな大変な中生きて来たなぁ」と・・・ 次から次にいろんな事を思い出されたそうです。
緒方さんご夫婦から、ご自分達のこの経験が今また同じような非行や家庭内暴力に悩む誰かの何かの助となればと言っていただきました。
あらためて、ご協力感謝いたします。

平成21年7月20日 精神分析家(インテグレーター) 登張豊実(とばりとよみ)

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 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

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